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あの春の夜に、散る桜

 深夜。
 会社から帰ってきた僕は、いつものようにもそもそとご飯を食べ、居間に敷いてある長クッションに横になる。
 テレビでは松本人志の『ゾッとする話』が流れている。youtubeがついているのだ。
 僕は散々ゾッとした後、散髪をすることに決めた。
 髪が伸びてきたのだった。
 伸びてきたと言っても1センチ程度なのだが、僕は丸坊主なので、1センチでも相当長く感じる。この辺りの繊細な感覚は、女子の前髪に通じるところがあると思う。まったく通じないと言われるかもしれないが、その場合反論はない。
 風呂場の床に新聞紙を敷いて座る。
 小さな鏡を頼りに、バリカンで髪を切る。
 今日は、頭の真ん中だけ残して、モヒカンにしてみた。
 意外と似合っていたので気に入った。
 いつかタクシードライバーのデニーロみたいなモヒカンにするのが僕の夢だ。
 30分くらいで綺麗に丸くなる。
 ただバリカンで頭を撫でているだけなのだが、意外と重労働で疲れる。特に耳の周りなどはかなり切りづらく、必ず毛が残るので、鋏で切り直さなくてはならない。それも面倒だけれど、自分ひとりで何もかも完結するところが好きで、坊主は続けている。
 風呂から上がって、走りに行くことにした。
 僕は会社から帰ってくる間に今日は良い夜だということを確かめている。
 まだ新しいランニングシューズを履いて外に出た。
 風はぬるかった。
 空に星はなく、ただ月だけがぼんやりと浮かんでいた。
 40分ほど走ったあと、ゆっくり帰り道を歩いた。
 桜並木の道に出た時、空から無数の花弁が降っているのに気がついた。
 桜吹雪だ。
 風が吹くたびにはらはらとピンク色のはなびらが舞う。
 地面にも桃色が積もっていた。
 良い光景だなと思って、僕はちょっと立ち止まってそれを見ていた。
 そして空に向かって少し手を差し伸べてみる。花吹雪に触れようとするように。
 もちろん冗談だ。
 よくこういう花まみれの場にアンニュイな美少女が立ち尽くしていて空に手を伸ばしている。
 それを僕が再現するというギャグだ。
 誰もいなかったので誰も笑わなかったが、少なくとも僕はちょっと笑っていた。
 家に帰って風呂に入り直す。
 いい夜だった。

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