ぐーたらカーニバル ~昼~


 いつも意味を求められている気がしていた。

 私の人生は大したことがないものだった。みんなそうなのかもしれないけれど、でも多分、私以外の人生ってもうちょっと豊かなんじゃないかと思っていた。例えば私は県外に旅行に行ったことがなく、恋人が出来たこともなく、友達だって生涯で一人しかいない。大したことがない。こんなことを"人生の大事"と考えてしまう価値観自体が、もう大したことないと思った。

 件の友達の斎場禊は、私と同級の幼馴染で、夏の長期休暇の際には毎回海外の親類のお屋敷に遊びに行くし、恋人なんてもう何年も前からずっと同じ人と熱愛だし、勉強はそこそこだけどスポーツは出来るので陸上部短距離走のエースで、私以外の友達なんて30人くらいいるらしかった。それでも毎朝私なんかと一緒に学校に通っている。そんな彼女に嫉妬しないと言えば嘘になる。けれどそんなこと言い出したって仕方がないから、私はただ安定を享受している。

 なんて書くと禊のことを呪っているみたいに見えるかもしれないけど全然そんなことなくて、むしろ私は彼女が好きだ。好きだから一緒にいるわけだし、好きだから何年も友達でいられたという自負もある。彼女の奔放さがある意味では私の安定志向を強めているとでも言うのか、私は私で彼女のふわふわしたところを地面に繋ぎ止める役割をしているのかもしれないとも考えたりしたのだった。つまりお互いに必要だと思っている。……思いたがっている。

 ふと思い出した意味のない仲良しエピソードをひとつ。
 中学校の修学旅行の時のお話だ。
 私達は県内の湖のほとりの避暑地のコテージに泊まることになった。ずいぶん定番とズレた旅行コースだったようで、クラスメイトが騒いでいたことを記憶している。この人達はなんで修学旅行くらいでこんなに熱くなれるんだろうと真剣に悩んでしまったほど、彼彼女達はボルテージを上げていた。ある意味では羨ましかった。

 禊はクラス内では目立ったグループにいることが多かったので、修学旅行問題のときも人一倍騒いで声を張り上げ教師に食ってかかり、効力があるんだか無いんだか分からない署名を集めて提出し、部活の後輩まで巻き込んで組織を作り、旅行の行き先を京都・奈良にしようとしていた。そんなのどこでも一緒だと思っていた私は、それでも禊が楽しんでいることを感じていたから、何も言わなかった。彼女は生き生きとして見えた。

 結局コースは変わらなかった。
 理由はよく分からない。大きな地震が来ると言われていたからかもしれないし、都会では犯罪が多いからかもしれない。旅行会社が今年から変わったからだという噂もあったし、新しい校長先生に変わったからだという話もあった。結果がどうであれ私には意味のないように感じられた。やはり私の人生は大したことがないものを積み上げて出来ているんだなと思っただけだった。

 禊達は泣いていた。行き先は変わらなかったけれど、きっと彼女達はこの一件でたくさんのことを学んだのだろうと思った。自分より大きな物を相手に戦うことや、戦う方法や、何より、正しく負ける方法を学んだのではないだろうか。それはとても貴重な経験で、私のような人間にはきっと、死ぬまで与えられない経験なのだろう。私はどんなことにも参加せず、決意せず、対価を払わず、与えられたもので満足し、笑っているフリをし、泣いているフリをし、生きているフリをしながら生きている。勝つことはなく、よって負けることすらない。
 意味のない人生。

「えっ、委美佳の人生、めっちゃ深くない? あんたそんなこと考えて生きてたんだ? へっへー新鮮だなあ。あったしそんなの考えたこともなかったよ。人生の意味とか、うーん、なんかさあ考える前に色々やりたくなっちゃうんだよね、だから後悔ばっかり! ほらこの脇腹の肉を見なってがははは」
 え、あ、うっ、と私が口を挟む間もなく、いつものように禊は喋りまくる。会話の下手くそな私と禊のペース。
 自分の脇腹を恥ずかしげもなくプライドもなさそうにつまんで見せる禊ではあったけれど、そのつまめる量でさえペラペラなのは言うまでもなく、彼女は陸上部のエース。あまりに考え無しだからこそ人の倍くらい経験値を積んでそうな彼女の豪胆さはたぶん人を明るくさせる。

「意味がないとか、大したことないとか、私の人生もたぶんおんなじようなもんだよ」
「……そんなことない、上手く言えないけど、全然違うと思う」
「羨ましい?」
「えっ?」
 ベッドの隣に座っている禊は、いつもと違う人に見えた。ペラペラでスラスラな人にはとても見えなかった。それは、教師に食ってかかった禊だった。悔しくて泣いていた禊の目だった。
 獣みたいな目だった。これからレースに出る人の目だった。戦おうとしている人だけに許される目だった。
 わたしに向けられたことがない、そんな目だった。

「羨ましいってわけじゃ……う、うう羨ましくない、わけじゃないけど……」
「じゃあこれから食べ物を盗んで、ボートに乗ろう」
「えっ!?」
「あたしはやるって決めた。これには全然意味がないけど、あたしはやるって決めた。行かない?」
 そうして禊は、ずるいくらい優しく微笑んだ。照れた顔で。
 意味がないと彼女が言う意味があると私が感じている意味不明の禊の人生に招かれている。
 私はうなずくしかなかった。

 禊は可愛らしいパジャマワンピースのままで部屋のドアを開ける。若干少女趣味のその格好は引き締まった禊が着ると儚く見えた。真っ暗なコテージの中を足音を消して進む。すごく緊張する。一体何度禊はこんな経験をしたんだろう?

 冷蔵庫から食べられそうな物を出して両手に抱えてコテージを出た。同じコテージに泊まっているクラスメイト二人が買ったものまで禊は取った。
「明日倍にして返せばだいじょぶっしょ。あいつらは食い過ぎだし、委美佳は食わな過ぎ。つまり喧嘩両成敗ってやつ!」
 私はこんなに罪悪感を感じたことは今まで無かったけれど、禊はどこまでも楽しそうだった。
 木のドアをゆっくり開けると、空が青く光って見えるくらいに月が明るかった。

 普段は見えない星が空を覆っている。
 私は叫び出したい。こんなに綺麗なものをみたことがない。
 禊、空が凄いよ、と話しかけたい。
 でも禊が見ているものは、こんなに綺麗な空ではなく、これから私達が勝手に乗ろうとしているボートだし、見回っているかもしれない教師たちの影だった。
 私が追いかけているものが目に見えない意味の無いものだとしたら、禊が追いかけているものはきちん見える意味のあるものだと思った。

 両手に食べ物を抱えた月夜の禊を、私は今でも最高の思い出として思い出す。
 私達は予定通りに桟橋に並んでいたボートの一隻を不法に占拠して真っ暗な湖に乗り出して月光の下で生ハムやらオレンジジュースやらを大量に摂取しつつなんだか無駄な話を続けた。無駄な。無意味な。どうしようもなく無為な。不要で不用な。愚かしいほどにくだらなくて。どうしようもないほどに、楽しいことを。
 私は楽しかった。

 いつも意味を求められていた気がした。
 わたしの名前に含まれている意味という音の意味を探すみたいに。
 自分の意味を考えていた。人生の意味を考えていた。
 でも私は月光の下で、禊に教えられてしまったのだった。
 素敵な無意味の意味を。

 修学旅行から帰ってきて、1ヵ月後に禊は自殺をした。
 ポリタンク一個分のガソリンを被って自分に火をつけて死んでしまった。
 どうもその時付き合っていた彼氏にフラれたことが理由だったみたいだ。
 派手な死に方だと思う。とても禊らしい。
 彼女が簡単に自分の命を断ったことも、何事にも全力でぶつかっていった彼女ならではだと思わざるを得ない。
 死に際まで自分で決めた彼女の人生に結局、意味はあったのだろうか。
 あるいはこう言うべきかもしれない。
 彼女は最後まで無意味を楽しめただろうか。

 本当に一人になってしまった私は、時々彼女の夢をみるようになった。
 あの湖の上で彼女は真っ赤な火柱になりながら私と楽しくおしゃべりをする。
 私はなにかおかしいなと思いながら焼けただれていく彼女と会話している。
 その夢を見てから起きると、必ず吐くようになった。

 高校に入学した私は、とある噂を聞くようになった。
 といっても友達のいない私のことなので、風の噂に過ぎないし、情報がどれくらい正しいのかもよく分かっていない。
 この高校には夢占いのようなことをしている先輩がいて、占ってもらうと問題が解決するのだそうだ。
 その噂を聞いて以来、私は人の話を盗み聞きすることが増えた。
 情報を集めた私は、2年生の町岡さんという方に会いに行くことにした。
 どうやら彼女が夢占いをしている先輩との仲介役をしてくれているらしかった。

 2年生の教室の後ろの方に彼女はいた。
 机の上にお菓子の袋を広げてつまみながら、いかにも自己主張の強いヘッドフォンで音楽を聴きながらスマホを眺めてにやにやしている。
 話しかけづらそうな人だったけれど、私は決意していた。
 私は禊との夢をもっと良いものに変えたい。

 町岡さんの肩をつつきながら勇気を出して声をかける。
「あ、あの、私き、聞きたいことがありまして……!」
 すぐに私に気がついた町岡さんはヘッドフォンをしたまま言う。
「おかし、食べていいよ」
「えっ?」
 驚く私の顔を見て、町岡さんはにんまり笑った。
「まあまあ、じっくり話そうってことさ。顔見れば分かるよ。あの話しなんだろう?」
 町岡さんは、何故自分が話しかけられたのか分かっているようだった。
 私は少し迷った後、机の上のグミをひとつ食べた。
 どこにでもあるお菓子でしかないのに、それは何故かあの湖の上で食べたものを思い出させた。

「……全然、大したことじゃないんですけど」
 なんとなく眼鏡を直して話しはじめる。
 私自身の意味のない人生の話と、私の大好きだった、無意味を楽しんだ人生の話を。







「夏祭り」ですかね。あんまり良い音源がなかった。
 今回も最高にクールで面白くて知的好奇心に溢れていて面白くてエキサイティングで面白い話を書けた。
 15万部くらいいったと思う。
 かなり駆け足になったので文庫本になった時改稿したい。
 斎場禊ってとんでもない名前が気に入っています。
 おかしの町岡も地味に気に入っている。
 読んで頂いてありがとうございました!
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コメント

No title

遅くなりました!
心落ち着けて何かを読む余裕を取り戻すのが今日になってしまいました。こんばんは。

みそぎちゃん?で読み合ってますかしら。
アグレッシブな子ですね。選んだ最期も壮絶です…
その前にある、寂しい湖に浮かぶ小舟と月光みたいなシチュエーションってイイですよね。情景をイメージしやすいです。

といいますか、続きましたねぐーニバル(←勝手に略してる)。
これはもしかするといつか完結したり…?
※プレッシャーを与える意図はありません

ではでは、また!

Re: No title

 hanacoさん……来てくれたんですね……!!
コメントを頂くことも嬉しいけれど、心の余裕を取り戻されたことを嬉しく思います。
ありがとう、こんばんは。

 みそぎちゃんで合ってます。送り仮名を振れば良かったですね。
こういう元気な方は、なんとなく短命なイメージがありました。
ロックスターが早死にするのと同じ感覚かもしれません。
 たしかに良いシチュエーションですね。思いつくままに書いてしまいましたが、どこかに有名なオリジンがあるような気がしてきました……小舟と月光……昔話でしょうか。少なくとも僕とhanacoさんが共通してイメージしやすいということは、かなり普遍的なお話な気がしますね。

 素敵な愛称をありがとうございます! それは全然思いつきませんでした。
可愛いので使わせてください。ぐーニバル。
この物語が続けられたのはhanacoさんのおかげなのです。力を頂いたので、書けたのです。
いつも、嬉しいです。

 コメントありがとうございました!
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