骨を接ぐ

 たしか曇天だったはずだ。
 忌々しい鈍重な雲が、見える限りの空を覆い尽くしていたはずだ。
「気持ちよかったよね、すっごい晴れてたから」
 晴れた。
 たった一言で。
「ちゃんと覚えてるってそりゃ、初めて行ったとこくらい」
 僕の記憶では二回目だ。
 最初は公民館で、一緒に絵を描いた時。
 あの絵は燃やしたから、彼女の中にはもう無いのかもしれない。
「放送してたの覚えてる? 男の子が溺れたってやつ」
「覚えてるよ。その放送を聞いたあと川に入ったから」
 水は茶色く濁っていた。
 流れの強さに負けた小石が足をかすめていく。
「馬鹿だったよね。なんか、浮かれて」
 冷たく放たれた言葉は、あの川に似ていた。
 濁って、速くて、強くて冷えていて。
 逆らう気持ちを奪っていく。
「でも楽しかった」
「そう?」彼女はこちらを見もしない。「本読んでたよね」
「寒かっただろ。曇ってたし」
 彼女の表情が凍る。
「晴れてたと思うよ。なにか勘違いしてない?」
 暗い車窓を彼女は見ている。
 たしかに曇天だったはずだ。
 けれど本当は、晴れていたのだろうか。
 脳裏を這いずる小さな死者と、白々しい彼女と、読み飽きた本。
「……もっと流れが早けりゃ良かったね」
「じゃあ、ありがとう」
 コンビニの前で彼女を下ろした後、川に向かった。
 黒いどろどろしたものがひたすらに流れていくのが見えた。
 キャンバス代わりの敷物が異様なほど煙を上げていた。
 踏みつけた子供の腕が甲高い音を立てて折れる。
 拾い上げた滑らかな木片をポケットに入れて車に戻った。
 死者の手で骨を接いでいる僕は、アクセルをゆっくり開けて目を擦る。






※フィクションです。

あとがき
久しぶりにちゃんと小説を書けた。
笑える話しだったらもっと良かった。
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