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非水平生活

『非水平生活』

 思うに僕らは、知らず知らずのうちに傾いてはいないだろうか?
 ベッドの足の高さが少しだけ違うとか。
 あるいはマンションの地下の地盤が少しだけ緩んでいるとか。
 というか地球は丸いんだから、曲面に平らなものを置いたら、どっちかに偏るのは道理で、だから傾いているのではないだろうか。
 人の心って無数の曲面を組み合わせた万華鏡のようなものだから、人の心は平面ではないのだから、だから傾いてはいないか。
 中立なんて無理なんじゃないか。
 中庸なんて、選ばれし者の奥義じゃないのか。

 ――でも、そうか。

 後ろから前へ、下から上へ、体重移動することで僕達は前に進んでいるのか。
 自ら傾くことによって俺は進んでいるのだ。
 私、なんにも気にすることは無かったわ。
 この凸凹な世界が好きだ。
 非水平生活、万歳。



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『歪みのないレンズ』

 ぼく達の目は丸いレンズだから。
 歪みの無いレンズなんて絶対に存在しないのだから。
 だから世界は少し、歪んで見えるんだ。



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 さて今日は池袋演芸場に行ってきた。
 落語を見てきたのだった。
 昔、浅草の方には何回か見に行ったことがあったけれど、池袋は無かった。
 小さな劇場だ。浅草より狭い。二階席もない。
 その分、噺家が近い。

 目の前で一生懸命喋っている人を見ている、という環境は面白い。変な感じがする。

 映画って、作るのに凄くお金がかかる。
 何十億円とか、かかる。たくさんの人の助けが必要で、下手すると作りかけで終わってしまう。
 ミュージカルや演劇も、たくさんの人が必要になる。

 絵や小説は、一人でもできる。
 でも絵を描くには筆とキャンパスが必要だ。
 でも小説を書くには原稿用紙と万年筆が必要だ。

 落語は一人で全部できる。道具は一切必要ない。
 あっ、扇子が必要か。



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 しゃべることで物語を紡いでいく、口伝するというのは確か、物語という文化の一番最初の形だったはずだ。
 それは人に何かを伝えようとするときの、最もシンプルな形だからだ。

「おかあさんあのね今日ね、竜一ね、学校に行く途中で花があってね、花を取っておばあちゃんにあげたら怒られた」(実話)

 これが小説だし、落語だし、物語だった。

 なんかそういうことを学んだ気がする。



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 落語を見ながら、拍手にも表情というのがあるよなあと不意に思う。
 元気に早く叩くと明るい拍手で、ゆっくりやさしく叩くとのんびりした拍手になる。
 で、適当に叩くと、やっぱり適当な音がするんである。
 隣に座ったサイド刈り上げた若者が、かったるそうに手を叩いているのを聞いてそう思った。

 拍手という動作ひとつとっても『柏手(かしわで)』という見方もあるし、都市伝説でいうと『裏拍手』というのもある。
 ただ手を叩くだけでも、色々な意味を持たすことができるんだなあと思うと、なんというか色々無限過ぎて気が遠くなる。



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 帰り際、ニコニコ本社(池袋にある)にて「けものフレンズpresentsどうぶつ図鑑」という生放送をやっていたのを知って絶望した。
 けものフレンズ生放送マジで見たかった。

 どうでもいいことだけど、なんで動物はみんな大体可愛く見えるのか、とある女性と話しあったことがあるんだけれど、やっぱり毛だと思う。
 そりゃ頭の大きさとか目の大きさとかが人間の赤ちゃんのバランスに近いと本能的に可愛く見えてしまうとかそういう心理学っぽいのももちろんあるだろうけどやっぱり毛だと思う。
 むしろ無毛の生物ってちょっと気持ち悪い系が多そうというか、たとえば昆虫とか爬虫類とかキノコとか、毛が生えてないから可愛くないんじゃないのか?
 カブトムシに前髪あったら可愛いやろ……? え、だめ……?
 キノコにもモヒカン生えてたらフォトジェニックやろがい! ちゃうんかこら!
 植物は毛が生えてるよとうもろこしとか凄いよ毛。やつらふっさふさだよ。だから花は可愛いんだよ(無理がある)
 部長が怖いのはハゲてるからだろ! かぶってこい!
「でも、すね毛可愛くないよね」
 すいませんでした。
 もうやめにします。

 毛だけに。



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