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伝説は今はじまったばかりだ

 食堂で菓子パンを食べていると、目の前にMが座った。
「先輩、お疲れ様です」
「後輩、お疲れ様です」
 Mはコンビニ袋からおにぎりを取り出して、がっつきはじめた。
「そんなに焦って食うと喉に詰まるぜ」
「腹が減ってるんです。朝何も食って来なかったんで」
「俺もだよ。飯を食う時間があったら寝ていたい」
「僕の場合は金が無いだけですよ……」
 Mは自嘲するように顔をしかめて言った。

 Mとはもう二年の付き合いになるが、確かに彼が裕福そうだったことは一度もない。
 聞いた話しによると家族に難しい病気の者がいて金がかかるのだそうだ。
 お調子者ではあるが正直なMのことなので、きっと嘘ではないだろう。
「なんか気軽に副業とか出来ないもんすかねえ? 空いた時間だけパパっと働けて、時間が無い時は気軽に休めるような」
「……RPGみたいに、外にザコモンスターでもいればなあ」
 軽口を叩くと、Mが面白そうに笑った。
 俺とMはゲームやアニメが好きで仲良くなったのだった。
「良いっすね! そうです、それくらい気軽にやりたいときにやれて、やりたくないときはすぐ辞めれるのが良いんですけどね」
 と、Mがテンションを上げて続きの想像を語ろうとした時、食堂の片隅に置いてある油っぽいテレビから緊迫した声が聞こえてきた。
 安全ヘルメットを被った眼鏡のアナウンサーが、どこかの街角に立ってくしゃくしゃになった原稿に目をやりながらマイクに向かって話している。どうやら何か事件が起きたらしい。
『……の周囲は全面通行止めになっています。繰り返します。突然現れた水色の生物は危険である可能性が高いとして、赤山四丁目周辺は全面通行止めとなっています。万が一町中で見かけても、絶対に近づかず、すぐに警察へ通報してください……』
「先輩、なんですかね水色の生物って」
「いやそれよりもM、赤山四丁目ってまさにここじゃないか。俺ら事件に巻き込まれなきゃいいけどな」
「先輩、どうやらそれは無理みたいです」
 Mがテレビを指さしている。
 そこに映っているのは、見慣れた赤山四丁目の光景で、俺たちがいるビルもきっちり映っている。
 広い国道を警視庁の護送車が遮っていて、無表情な警官がずらりと並んでいる。
 路肩には緊急車両が控えている。その物々しい雰囲気は、まるでテロの映像でも見ているかのようだった。
『ご覧ください! 危険生物が姿を現しました!』
 アナウンサーがさり気なく警官を押しのけ、カメラが国道の奥を狙えるようにした。警官が何か怒鳴ったのが聞こえる。カメラは突然アップになりアナウンサーの真っ黒な後頭部を映した。Mが身を乗り出して舌打ちをする。アナウンサーの荒い息と揉みあう音。複数の足音。カメラは一瞬、放心したように青空を映した後、護送車の鈍色の塗装越しに国道の奥を確かに捉えた。馬鹿でかい地震に見舞われたようなブレた画面の中に、ピントのズレた水色の姿が浮かび上がる。「あっ」と素っ頓狂な声を放ったのは食堂に遅れて入ってきた新人の女の子だ。「今ちょっと映った……」と女の子は言い訳するように呟く。そんな場合でもないのに、何故かそんなことをはっきりと記憶している自分に驚く。寄ってきた警官に両脇を抱えられたアナウンサーはまだ暴れていてスタジオの司会者に「無理しないでください」と窘められている。カメラはまだ執拗に国道の奥を狙っていた。水色の生物の姿はもう形もない。
 このまま何事もなく中継が途切れて、スタジオの識者が偉そうに曖昧な可能性を垂れ流すのだろうと誰もが考えた。日本人が見慣れてしまったいつもの光景。

 でもそうはならなかった。
 それは体長60センチほどの球形をしていて、頭部の先端を指でつまんだような不思議な形をしていた。例えるならイガから出した栗の形に似ている。体を構成しているのは肉でも皮でも骨でも毛でもなく、水色に濁ったゼリーのような物質に見えた。
 まったく感情のない巨大な目玉が2個ついていた。
 真っ赤な口はだらしなく笑っているようだった。
 それは突然護送車の隙間をくぐり抜け、警官とアナウンサーに体当りして吹き飛ばした。同時に三つの悲鳴が聞こえた。現場の怒号とスタジオにいたアイドルの悲鳴と新人の女の子の悲鳴だった。
 カメラマンは最後まで使命に忠実だった。
 彼は自らに向かってくる危険生物を最後まで撮り続けた。
 強い衝撃を受けた画面が暗転し、次の瞬間には呆けた顔の司会者がアップで映し出された。
 たぶんこの放送を見ていた日本国民は、無意識にこの司会者をぶっ飛ばしたいと思ったはずだ。

「先輩、見ました、よね……?」
「ああM、見た」
 俺たちは食堂の椅子から半ば腰を浮かせている。
 喋りながらも視線はテレビに釘付けだ。
「あれ、スライ」
「言うなM。みなまで言うな。わかっている」
 どちらからともなく席に着き、お互いの顔をぼうっと眺め合った。
 Mの目に理性の光が戻ってくる。
「こんなことあるわけがない。でもあれはどう見てもアレだった」
「アレに見えたけど違うかもしれない。CGかもしれない。映画の番宣かもしれない」
「今時こんな過激な広告できませんって。絶対叩かれます。これは現実の事件なんです。そしてあれはアレです。あのザコ敵そっくりです。危険生物なんて言ってますがあんなザコはすぐに倒されちゃって……」
 言いかけてMは動きを止めた。
 みるみる顔色が悪くなってくる。
「大変だ……! 先輩急いでください! 急いで"武器"を装備してください!」
「M!? どうした!?」
「わかるでしょう! あんなザコはすぐに倒されてしまう。良いですか先輩、だいたい勇者ってのは十代なんすよ。彼らでもアレは簡単に倒せるんです。つまり大人達だったらもっと簡単に倒せる!」
「別にいいじゃないか、危険生物がいなくなるなら、それで」
「馬鹿! アレがあと何体いるかわからないっすけど、EXPとゴールドを他の連中に渡していいんですか!?」
「さりげなく本気で馬鹿って言うなよ。それになんだ急にゲームみたいなこと言って。現実の事件だってさっきMが言ったんだぞ」
「それなら、ドラクエが現実になったって考えてもいいでしょうが!」
 俺はその言葉にはっと息を飲んだ。
 Mの情熱が、俺の目を覚まさせた。
 そうだ。確かに俺達は、こんな現実を望んだことが、かつてあったじゃないか。
 ゲームやアニメが好きだった俺達は、こんなことが現実になればいいなと、心から願ったじゃないか……。
 俺は食堂の隅のロッカーからモップを二本取り出す。
 そのうち一本をMに突き出した。
 Mは真剣な眼差しで受け取り、装備した。
「いいですね、モップ。初期装備って感じで」
「嗚呼……さっきは日和ったこと言って、悪かった」
「いいんですよ。誰でも社会生活が長いとそうなるものです。さあ先輩、行きましょう」
「平和を脅かすモンスター退治、か……」
「いや、ただのレベル上げの金稼ぎっす」
 俺たちは新人の女の子に見守られながら食堂を出る。
 会社員Aと会社員Bの伝説は。
 今はじまったばかりだ。



 完



●あとがき

 今日、Mさんとこういう話をしたので小説にしてみました。
 大人になってからこういうアホみたいな話をすると面白いです。
 一応(※この物語はフィクションです。)と書いておきます。

 あと言い忘れてたんですが、たまにブログ村のボタンを押してくれている方、ありがとうございます。
 ぼかあちゃんと嬉しく思っていますよ。
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