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ナナちゃん

 ナナちゃんを好きになってしまう。
 最近、日記のような文を書いていなかったので、少し書いておきたい。
 彼女のことを。

 ナナちゃんと出会ったのは去年の暮れだった。
 年間パスポートを使って水族館で遊んだ帰り道、なんとなく気が向いて近所の公園に足を運んだ。
 普段は気にも留めない小さな公園。
 遊んでいる子供も少なく、閑散としている。
 最近の僕は活気のある場所より、静かに朽ちていくような場所が好きだ。
 すべり台やブランコを横に見ながら歩いて行くと、公園の奥にもうひとつ道があるのに気がつく。
 素っ気ないアーチを潜って砂の道を進むと、檻が見えてくる。
 正面の檻の中では無数のセキセイインコが群れていた。さえずりながら止まり木を移動している姿は、さながら妖精のようである。
 インコを見ながらぼうっと立っていると、ふと背後に気配を感じた。
 振り返ると、彼女が僕を見ている。
 澄みきった目をしている。
 小麦色に灰を混ぜたような、独特な色の髪を風になびかせていた。
 真冬だというのに寒そうな気配も見せず、樹木のように立ち尽くしている彼女は美しかったが、どこか恐ろしくもあった。この世のものでは無いかのような、透き通った厳しさがあった。
 僕は、目を反らして立ち去る。
 今にして思うなら、その時僕は、なんらかのコミュニケーションを試みるべきだったのだ。

 幾日か経ち、再び公園に向かう。
 インコの檻の中を飼育員が掃除しているのが見えた。
 さり気なさを装って周囲を見渡してみるも、彼女の姿はどこにもない。
 ごく簡単に言って、僕は後悔していた。
 最初に会ったあの日から、僕は彼女のことが好きだった。
 話しかけたいと思った。
 出来ることなら、触れてみたいとすら思った。
 一緒に御飯を食べたりしたい。
 共に草原を駆けて笑ったりしたい。
 そんな想像を膨らませては、ひとりで笑ったりしている有様だ。
「あの、すみません」
 気がつくと僕は飼育員に声をかけている。そんな自分に驚いてもいる。
「この間、あそこにいた子なんですけど、今日はいないんですね」
 変なやつだと思われるだろうか?
 思われても構わない。僕は最初から変なやつだ。
「ああ、ナナちゃん。たぶん明日はいますよ」
 飼育員がこともなげに口にした彼女の名前を、僕はしっかり心に刻んだ。

 それから何度か公園に足を運んだが、彼女はいなかった。
 もう姿を現さないのかもしれなかった。
 飼育員に話を聞く勇気も失せていた。

 彼女のことを忘れかけていた今日、夜勤明けの足で公園に向かう。
 いつもより子供の数が多い。ベンチに座って子供を見ている親もいる。
 僕は足早に奥に向かう。
 錆びかけた鉄のアーチを抜ける。
 そして再び彼女に出会う。
 彼女は髪の白い老婆と何か話しているようだった。というか、一方的に老婆が話しかけていて、彼女はそれを聞いていた。
 僕が近づくと、彼女は僕を見た。
 彼女が僕を覚えていることが、目を見ただけで分かった。
 嬉しかった。今年で一番嬉しい出来事だった。
 手を伸ばせば触れられる距離で見つめ合う。
 なんだかおかしくて笑いだしてしまいそうだ。
 枯れた髪の色も、澄んだ目も、出会った頃と何も変わっていない。
「ナナちゃん」
 ぎこちなく彼女の名前を呼んで、ゆっくりと手をさし延べる。
 彼女の柔らかそうな髪に触れたかった。

 ナナちゃんは、手が頭に触れる寸前の距離までくると、思いも寄らぬ速度で顔を上げて僕の手を噛んだ。
 ナナちゃんの檻の横の看板には「顔の前に手を出さないでください。噛まれることがあります」と書いてあった。
 馬も噛み付いたりするんだなあと思いながら、家に帰った。
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