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金夜文芸部 3話

『幻の初期メンバーを集めるってクエストらしい』
『また厄介なことを。まあ気持ちはわからないでもないけど』
『みんなでやりたいって、叶原もそう思う?』
『いいえ。まったく』
『言い訳の余地もないくらいストレートだ……』
『みんなでワイワイなんて私はごめんよ。まったく魅力を感じない。部活に顔を出さない人にはそれなりの理由があるはずだから、無理やり引っ張ってきたって迷惑に決まってる』
『でも気持ちは分かるの?』
『理解できることと、そうしたいと望むこととは全く別の概念よ』
『それは理解してると言えるのかなあ』
『運動は健康に良い……それは理解できる。けれど運動はしない。そういうこと』
『うーん、怠惰?』
『怠惰とは真逆よ。むしろ強い意志。私は絶対に運動なんかしない。たとえ健康に悪くても、運動をしない人生を選び続ける』
『決意』
『そう言ってもいいわね』
『ちなみに、なんでそんなに運動嫌いなんだっけ?』
『え? 疲れるじゃない』
『それを怠惰って言うんだよ』
「ということで部長、叶原の協力は無いと思った方が良さそうです」
 忍び込んだ屋上の空には、どこか元気のない秋の空が広がっている。
 フェンスに両腕をひっかけて右手で牛乳のテトラパックをもてあそんでいる部長は、眉間に皺を寄せて考え込んでいるみたいだ。
 名探偵カフェの企画を詰めて早々に準備しなくてはならない段階に至って、幽霊部員を集めてこいなんて難題を出されたら、誰でもこんな顔になるんだろうけど。
「無理をするな、とNは口にした。そうだな?」
「そうです。おまけミッションみたいな解釈でいいと思いますけど」
「おまけでもミッションさ。それを望んでいる人間がいるのならノータッチでいるわけにも行くまい。老い先短いNの為にも、協力してやりたいところだが……」
「またまた。部長の目当ては金でしょう」
 冗談めかして聞いてみる。
 部長は明らかにロマンチストだし、そういうキャラを強く押し出した態度を取るけれど、本質的にはヒューマニストではないと僕は思う。
 部長は多分、自分が本当に手に入れたいものが出来た時、妥協しない。
 誰かを犠牲にすることもいとわないと思う。
 僕や叶原の意見が通りやすいのは、部長が自ら決めるまでもないと思っていることだからだ、と僕は思っている。
 ただの推測だけど。
「金、か。何事を成すにもリソースは必要さ、もちろんな。しかし金で買えないものの方が、俺にとっては大事だよ」
「……部長が大事にしてるものって、何です? 部長は一体、何を求めているんです……?」
 僕が聞くと、部長は自らをあざ笑うかのように口の端を歪めた。
 大人の表情だった。
 なにかに耐えてきた人の顔だった。
 部長はテトラパックに突き刺さったストローをくわえ、ぽつりと漏らす。
「面白い小説。ただそれだけだ」
 僕の体に稲妻が走る。
 部長が小説を書こうと言い出すのはいつものことで、何かにつけて創作について語りたがるのもいつものことで、だからそれはある種のキャラ付けみたいなものだと思っていた。
 甘かった。
 部長は"本当に面白い小説を求めていたんだ"
「……どうしてそんなに、小説にこだわるんです」
「……いつか聞かせてやるよ。俺の血と、俺の涙と、喜びの全て……そして絶望の話を、な……」
「部長……」
 僕と部長の間に一陣の風が吹く。
 秋を知らせる冷たい木枯らしが。
 切ない空気の振動が、甲高い音を立てて流れていく。
「Tよ」
「はい」
「屋上に来ると、こういう渋い雰囲気で話したくならないか」
「わかります」



 文芸部に所属しているのは現在5名。
 部長と叶原を除いた2名とは面識がないけれど、どうやら一年が一人と、二年が一人いるらしい。
 僕が部室に出入りするようになる前にはもう、2人は来なくなっていた。
 部長の話では、春頃までは部室に来ていたそうだ。
 ところがある日、何の前触れもなく来なくなったらしい。
 部長も最初は2人に話を聞くために、それぞれの教室に足繁く通ったようだけれど、理由は教えてもらえなかったみたいだ。
「吾輩は失敗した。だがT氏! 君ならやれるかもしれんな! 震えて待つ!」
 普通は震えて待たせるものなんだけれど、あえて自ら震えてしまうのが部長らしい。
 2人の説得を任せられてしまった僕は、とりあえず同学年である1年の文芸部員に話を聞くために、5組の教室を訪れた。
 そして今、何故か僕は街にひとつだけあるゲームセンターでレバーを握っている。
「くっ……! なんだこいつ、動きが人間じゃねェッ!」
 周囲が電子音で溢れていることを良いことに、僕は大声で叫んだ。
 その言葉が聞こえたのかどうかわからないけれど、対戦台に座っているであろう彼女の笑い声がうっすらと聞こえてくる。
「弱い弱い弱いッ! 教えてくれよあたしに、敗北ってやつをさあ!」
 口調が芝居がかっているのは、彼女もまた部長と同じタイプの人間だからかもしれない。
 自分の世界を持っている人。
 僕とは真逆の種類の人達。
「んぬぅぅうう……!?」
 僕が操作している赤いハチマキを締めた空手家はステージの端に追い込まれよくわからない動きで殴ったり蹴られたりしている。ガードすると投げられる。苦し紛れに波動的な何かを放ってみるとあっさり空中にかわされる。彼女が使っているのは図体の大きなモヒカンのプロレスラーキャラなのに蝶のように舞い蜂のように刺してくる。空手家が下段蹴りを食らって操作不能になったコンマ何秒かの間に物凄く複雑なコマンドを入力しないと発動しない必殺投げでつかまれ、プロレスラーはぐるぐると回転しながら僕を抱えて画面上方に消えていき、逆さまになって落ちてくる。地面に僕の頭が激突すると半分ほど残っていたライフゲージは一瞬でゼロになって画面が真っ白に発光する。YOULOSEという文字が出てきて、画面の中央に立っていたプロレスラーが天を指さしてかっこいいポーズをとった。
 僕は負けた。
 ぼうっとした顔でコンティニューのカウントダウンを眺めていると、筐体の横の方からゆっくりとちょんまげが出てくる。そして女の顔が出てくる。
 彼女は茶髪のショートカットの上の方をゴムで結っていて、頭の上で適当なちょんまげみたいにしていて、笑っていた。
 とても楽しそうに、にやにや笑っていた。
 彼女こそが誰であろう金夜文芸部幽霊部員の一人、賽田朱だった。
「高本君だっけ、もうやめる? それとも、尻尾巻いて逃げちゃう?」
 言うまでもなく、どこまでも腹の立つ女だった。
「どっちも同じ意味だよそれ! 続ける!」
「へっへー、そう来なくっちゃあねえ! 次はあたしの得意なキャラ出すからお楽しみに!」
「やめたくなってきた!」
 僕の叫びを聞いた賽田が悪魔のようにげはははと笑った。
 何をしにここに来たのかもうわからなくなっている。
 僕が使っていた格闘家はぼこぼに殴られ、蹴られ、羽交い締めにされて地面に叩きつけられ、ドロップキックでふっ飛ばされ、チョップで叩かれ、地面に倒れた。
 何度も挑戦しているうちに周囲に人だかりが出来る。
 賽田の周りには彼女の友人らしき人たちが集まっており、僕の周りには彼女には関係がないけれど彼女の戦闘スタイルを見物したい、と思っていそうな人々が集まった。
 2000円分ほど負け続けると、次第に僕を応援する声も増えてくる。
 僕はほとんど泣きそうだったが、もうやめられなくなっていた。
「いけ高本! ばか! 集中しろ!」
 誰だか分からないヤンキーみたいな人に応援されていて笑ってしまう。
 25回目の負けの後、賽田が台を回り込んできて僕に言う。
「次はさあ、あたしがこう、手をばってんにしてやるから、右手で左手の操作をしてさあ、左手で右手の操作をするから。これすっごいハンデでしょ。ね、勝てる勝てる」
 言うだけ言うと自分の席に戻っていく。
 僕はそれをぽかんとした顔で眺めていた。
 勝負が始まる。
 賽田の動きは見るからに悪くなっている。
 そして僕は負ける。
 とてつもないハンデをもらって、なお負ける。
 僕はほとんど頭が真っ白になっている。
 台の上には周囲の人間が置いたおもしろ半分のカンパが700円ほどあって、続けようと思えばまだまだ続けられそうではあった。
 しかし、心が折れてしまった。
 眼の前でカウントダウンは続いている。
 すると再び賽田が回り込んできて、笑顔のままで僕に言う。
「あんたは、絶対にあたしには勝てない」
 でも、またやろうよ。
 そう言って賽田は、ゲームセンターから消える。
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Author:伏田竜一
かわいい物とかっこいい物が好き。
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