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金夜文芸部 2話

 地元の町を離れ、少しだけ遠い金高を受けた。
 僕の手の届きそうな高校の中で、一番レベルの高そうな高校を受けただけだ。
 県外に出る予定もなかったし、そんなこと本当は考えついてさえいなかった。
 親に薦められたし、教師にも薦められた。あなたなら金高にいけるよと、まるでこの高校に何か価値があるかのような言い回しで、厄介事を早く片付けてしまいたいとでも言いたげな手回しのよさで、良い子だけれど夢も希望もなかった僕は、大人たちが適当に決めたレールに乗ることにしたのだった。
 僕の母校の中学から金夜を受けたのはたったの6人で、その内5人は無事に入学できた。
 後の一人は、隣の県のとてつもなく頭の良い高校に入学した。金高なんて比較にならないくらいガリ勉の高校だ。競ってもいないのに、僕は何故か負けた気がした。学力なんかではなく、将来を見据える力とでも言うのか、そういった才能が僕には徹底的に欠如しているように感じた。
 友達もなく、やりたいこともなかった僕は金高という中途半端なステータスに重荷を感じ、暇を持て余していた。
 夏休みの直前に、ほこりにまみれた図書館で本を読んでいた時、誰かが大きな足跡を立てて入ってきた。
「キミ、名前はなんというのかね!? 一人で読書とは大した反骨精神だ。どうだね、もしキミがそうしたいと言うのであればだが……世界を変えてみないか?」
 見知らぬ先輩は、自信満々にニヤリと笑ってみせる。
 うさんくさい先輩に、ほいほいついて行ってしまうくらいには高校生活に愛想が尽きていたし、何より退屈していた。
 魚介類公園に胡乱な風が吹く。
 あの叶原が自らの感情を露わにして部長を好きだと言った。
 しかも二回も。何故か僕の心はざわざわと波立っている。
 それが一体何に由来している情動なのかわからないのが苦痛でもあった。
「それは……ライクなの、ラブなの……?」
 僕が少女漫画のようなセリフを口走ると、叶原はいつものように視線を反らし、とっておきの秘密を暴露するような小さな声で、
「フェイバリット……」
「大好きじゃん!」
「……いいでしょう、別に」
 ツッコんだところまではいつもの空気だったのに、結局は僕が予想していた通りの変な空気になってしまう。
 人の心ってよくわからない。
 僕は急に居心地が悪くなり、話すべき言葉が何ひとつ浮かばなくなる。
 叶原もたぶん、そうだったのだろう「じゃあ、明日」とぎこちなく呟いて手を上げた。
 僕も同じように片手を上げて別れる。
 叶原は部長がフェイバリット。叶原は部長がフェイバリット。
 帰り道、そのことばかりが頭の中をぐるぐる回っている。
 僕に何ができるだろうか。
 叶原に協力するべきなんだろうか。
 彼女は、部長とどうなりたいんだろうか。
 二木先生、青春ってやつは僕には、どうもよくわからないみたいです。

 ●

「ということで本日の議題は昨日に引き続き、秋の文化祭の出し物についてだ! 諸君には意見は無いと思うから、この我輩が考えに考え抜いた案をとくと見たまえ!」
 部長は黒ずんだホワイトボードにとんでもない勢いで文字を書き始める。
 僕はちらりと叶原の様子をうかがう。
 いつもの能面仏頂面でミステリを読んでいる。特に変わったところはない。
 それはそうだ。昨日の今日で変わったことと言えば、叶原の気持ちを僕が知っているということだけで、それはつまり叶原にとっては何も変わっていないのと一緒だ。
 変わったのは、叶原ではなくて僕だった。
 勝手に意識して勝手にぐるぐるしているのは僕なのだ。
「部長、案ならあります。名探偵カフェです」
 叶原が温度を感じさせない声で突然言い放つ。
 ホワイトボードをペンが叩く音が止まり、ゆっくりと部長が振り返る。
「クリスチーヌ叶原先生……今なんと?」
「そのギャグ、私きらいです。名探偵カフェって言ったんです」
「ふむ……」
 部長はその場で腕を組み、眉間に皺を寄せてうろうろと歩き回る。
「して、内容は?」
「私は名探偵だと思うんです。ミステリが凄く好きだし、推理力が抜群なんです。論理的思考にも秀でており、しかも注意力があります」
「ああ、うん……」
 何故か部長が押されている。
 僕は叶原が喋りだした内容が単なる自分上げであることが面白くて少しニヤリとしてしまう。どんなオチだろう?
「世の中には困っている人がたくさんいますよね? 文化祭中、飲み物を買ってくれた人の困りごとを名探偵の私が解決します」
「でも叶原、僕と部長はどうするの? 僕たちは名探偵じゃないよ」
「知ってる。高本君にはお客さん……依頼人への聞き取りや助手をやってもらうわ。私は名探偵だけど、人の話を聞くのは苦手なのよ」
 まあたしかに、名探偵は変人が多いからね、とは流石に口に出せない。
「部長はお茶を作ったりケーキを出してもらったり、おとなしくしていてもらいたいです」
 えっ、俺なんか小学生みたいな扱いじゃない? と部長がもごもごと反論したが、叶原に睨まれると黙った。
 部長をイジる系のオチだったんだ……と僕は納得した。
 叶原は話し終えた後は役が済んだとでも言わんばかりに読書に戻っていく。
 部長はしばし天井を見上げて黙考したのち、
「T、どう思う?」
 いつもの芝居がかった口調ではない。
 ちゃんと考えている素の部長だ。いつもこうだったらいいのに。
「いいんじゃないですか? 叶原がやる気みたいだし、お客がくれば面白くなるかもしれないですよ」
「来るかな、客?」
「来ないでしょうね。でも来なくてもいいんです」
「……どゆこと?」
「そういうトラブルシュートもやりますよというのが本題ではありますが、そんな依頼をしてくる人はたぶんいません。だから、その設定を利用しましょう。部室を名探偵の部屋風みたいな雰囲気に飾って、メニューとかも探偵にちなんだものにするんです。ポワロの青酸ソーダとか。いや、ポワロに青酸ソーダが出てきたかはわからないですけど、そういうことをやるわけです。するとですね、パッと見コンセプトカフェみたいになるはずです。指向性としては文芸喫茶よりよほどしっかりしてますよ。面白がってくる客は何人かいるかもしれないし、叶原が名探偵のコスプレをするのでお祭り感もあります。みんなで世界観を作り上げるという意味では青春成分もあるじゃないですか」
「……T、お前って時々、外堀から埋めてくる汚い大人みたいな案の出し方するよな……」
「高本君、私がコスプレするってどういうこと?」
 何故か引いている部長を言いくるめ、叶原にコスプレの重要性を説いているうちに日が暮れる。
 僕たちは名探偵カフェを次の案として二木先生に提案することになる。

 ●

「はっはっは、面白い面白い。それで行こう」
 二木先生は胸ポケット辺りに赤ペンの後がたくさんついた白衣に、新しい赤線を描きながら言う。そそっかしい人なのだ。ペンの芯を出したまま胸ポケットにペンを刺してしまうからそういうことになる。
「ちなみにどれくらいの予算が下りますかね。叶原にコスプレもさせなきゃだし、お茶とお菓子と、色々小道具も揃えたいんです」
「食材のみだね。現実的な範囲で、五千円。なるべくならペイしてほしいけど、文化祭価格で調整してもいいよ。お祭りだからね。ちなみにほとんど僕のポケットマネー。小道具は各自集めるように」
「二木先生、世知辛いって言葉の意味が、僕は今わかった気がします」
「そうやって大人になって行くらしいよ? じゃあ期待してるよ、高本君」
 僕は渋面のまま何度か頷いて職員室を出ようとする。
「あ、そういえば高本君」
 呼びかけられて振り向くと、二木先生は穏やかな笑みを浮かべていた。
「文芸部に毎回来てるのって、三人だよね。部長と叶原さんと高本君。三年は引退しちゃったし」
「ええ、そうですね……?」
「金高の部活動運営規則には、最低五人の部員が必要だって知ってた?」
「……聞いたことがあるくらいです」
 なんとなく心の奥深くに暗い影が指す。
「我が文芸部はこの要項をちゃんと満たしている。けど部員は三人しか来てない。これが何を意味しているかというと、幽霊部員が二人いるってことなんだ」
 僕は頷いた。
 文芸部に入ったばかりの頃に、たしかそんな話を聞いたことがある気がする。
 籍はあるけれど部活に来なくなってしまった二人。
「一人につき、2千円出そう」
「賞金首の話ですか?」
 二木先生は嬉しそうに笑い、不意に真顔になる。
「僕はね、出来れば皆で文化祭をやりたい。ちょっとだけ考えておいてよ。もちろん、無理はしなくていいから」
「……青春ですか?」
「ある意味ではね」


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