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読まれるということ

 なんとなく、もやもやっと考えたことを出力してみる。
 ブログを書いている。小説のようなものや短歌のようなものを書いている。
 日記も書いている。書いているということには意味がある。
 確かにそれはちょっと意味がある。
 そこに意味を見出そうとしてきたし「書くために書く」ということが書くということの本質であり大事なところであり、骨であると考えてきた。

 自分の為に書く――セルフイメージや自己評価の向上、このブログの前半でよく言っていた絶対評価という考え方――が、僕の出力するものに相当な影響を与えていた。
 僕は最近、読まれるということをあんまり考えていなかった。
 意識しているのは常に自分自身だった。
 自分を納得させるのが先決であり、自分を自分で楽しませる、自己完結するというのが目的だった。
 それはそれで間違っていないと思う。
 ただ、このままのやり方では部分的に不都合がある。
 たぶん、楽しくなくなる。

 創作する人のマインドを2つに分けると、商売人タイプと芸術家タイプがあると思う。
 僕はそのうち、芸術家タイプになろうとしてきた。
 自分を納得させるというのは、永遠に納得しない自分と向き合うということだ。
 他者の評価を気にしない。己の望むものを望むように作り上げる。
 このやり方の良い点は、他者の評価にモチベーションを左右されないので、自己完結することができる。
 対象への愛が深ければ永遠に創作することができる。
 自分の世界を深くすることができる。
 などのメリットがある。

 デメリットは、心の弱い者がこれをやろうとすると、すぐに飽きるということである。
 心が弱いというか、他者の評価に依存的であると、辞めてしまうことが多いような気がしている。
 更に言うと、作ったものが「独りよがりになる」というデメリットもある。
 作ったものや書いたものが「世間という物差し」を失って、歪んだり、へし折れていたりすることがあるということだ。
 もちろん芸術家タイプに適性がある人間はそんなものは屁とも思わないはずだ。
 何しろ彼らが望んでいるのは自分の作品が自分を満足させることなのだから。
 芸術家タイプの人が作った作品は、世の中の誰も褒めてくれないかもしれない。きっととても理解が難しい作品になるだろう。
 でも彼らのような造り手がなかったら、きっと創作の世界は、とても白々しいものになる。

 商売人タイプは、他者の評価に大して非常に敏感だ。
 彼らは自分の作品を商品だと思っているので、より多くの人に読まれること、そして良い評価を得ることが念頭にある。
 現在世に出ている商業作品のほとんどは商売人タイプの創作者によって作られているはずで、中には芸術家タイプの人の作品もあるだろうが「編集者」という商売人の手助けによって、よりポップなものへと姿を変えている。賛否両論あるだろうが、そういう形が多いと思う。
 あるいは芸術家タイプの人の「自分が望んでいる作品の形が、既存の売れ線商業作品」であるということもあるだろう。たぶん一番幸運なパターンだ。

 どっちのタイプでも良い作品は良いし、悪い作品は悪い。
 どっちが良いとか悪いとか、別にないと思う。

 ただ、長いこと僕もブログだのなんだのやってきて、

「僕のような凡人は、商売人タイプを目指した方がいいよな」

 と、急に思った。
 といういうのも、結局は作ったものに対する何らかのリアクションというのは、間違いなくモチベーションになるし、作った甲斐があったなという達成感にもつながるものなのだ。
(そのリアクションが無くなった時のことを考慮して僕は一人でできるようにしてきたのだが)
 いくら努力しても全くリアクションが無いことは、たしかにある。
 1年かけて作ったものが「駄作」と言われることだって、ありふれている。
 けど、結局は自分のためにではなく、読む人や見る人のために作ってみるのがいいのではないか。

 自分と向き合うより、他者と向き合う方が得るものが多いのではないか。

 どうすればウケるかと考えること、思考すること、試行することを楽しみに変えられれば、もっとも得るものの大きい創作時間が待っているのではないか。

 最近、そんなことを考えている。
 
 いや、最近じゃないか。

 もう三、四年は考えている。

 そしてこの意見はぐるぐる回るサイクルを形成している。

 そういうバランスもまあ、あっていいのかなと思っている。 

 ただこの辺の思考遊戯は実践的じゃないものが非常に多く、成功者のライフプランニングと同じくらい不毛だと思うので、やはり考えて遊ぶ程度に留め、さっさと好きなことをやるのが一番だとも思った。
 そんな僕は商売人でも芸術家でもなく、ただの遊び人なんだと思う。
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コメント

こんばんはー。

うーん。結局、創作することでどこに行きたいかによるんじゃないかなって思うのですが…
モノを書くプロになりたいならスタンスを考える前にとにかく書くなりプロットを練るものだと思うし(考えてる時間が惜しいから)、日曜クリエイターとして楽しみたいなら書きたい時に書きたいものを書きたいだけ書けばいいんじゃないかなと思うんです。後者の場合、評価は副産物!みたいな感じで。
また自分の話になりますが、私のブログは後者なので。
とはいえそれが難しいから伏田さんは考えてしまうのでしょうけどね…

あと!脈絡ないんですけど最近、私が来る以前のここの記事読み返してみました。
「俺らあの時、笑ってればよかったんじゃね?」声出して笑いましたよー!笑
でも最後には真に迫ることを書いてて、可笑しいだけじゃない最高の記事だと思いました。
そんでは!

hanacoさん、おはようございます。

まったくその通りです。
こういうことを考えるより一個でも多くなにかを作った方がいいと思います。
また、考えないことが難しいという点でもその通りですw
僕は、こうすれば上手くいく、っていう幻の方程式をずっと探しています。
幻なので、無いんですけどね!

なんですかそれは……!
完全に忘却しているので、僕も読み返してみます。

お忙しいところコメントいただきまして、ありがとうございました!

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伏田竜一

Author:伏田竜一
かわいい物とかっこいい物が好き。
創作を取り上げると死ぬ。
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