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タマオくんの作文

 良い文が心に残るのか、心に残る文が良い文なのか。
 僕にはその違いは分からない。

 小学生の頃の同級生に、タマオくんという子がいた。
 元気な男の子だった。
 走るのが早かった。
 背が低くて、いつも笑っていた。
 友達が多くて、誰にでも冗談を言って、笑わせてくれる子だった。
 ゲームや読書より、体を使って遊ぶのが好きだったイメージがある。
 僕の記憶の中のタマオくんは、いつも走っている。

 中学生になってもタマオくんの性格は変わらなかった。
 アクティブで社交的で、勉強ができなくて(そんなものはタマオくんの人生にはこれっぽっちも必要じゃなかったに違いない)、陸上部だった。

 あれは確か夏休みの宿題だったはずだ。
 現代文の宿題で、夏休み中に印象に残ったことを書きましょうという、よくある作文を要求された。
 提出した作文は冊子にまとめられ、全員に配られた。
 僕が通っていた中学は、レベルが高いわけでもない普通の学校だったし、特別に現代文に力を入れていたわけでもないから、提出された作文も中学生らしい作品という枠を超えるものではなかった。
 その頃、ちょうど文章を読むのが好きになりかけていた僕は、配られた冊子に目を通して暇を潰していた。
 そして偶然タマオくんの作文を読んだ。
 それ以来、もう10年以上も、僕はタマオくんのファンだ。

 タマオくんは、夏休みの縁日でカラーひよこを買った。
 ひよこは時が経つと色が落ちて、普通のひよこになった。
 ひよこに名前をつけた。ピーちゃんという名前だ。
 タマオくんは、ピーちゃんを大切にしていた。
 ある日、ピーちゃんを外に出そうと思った。
 家の中にばかり置いておいたら、不健康だと思ったのだ。
 彼が住んでいる団地の共用通路を散歩させていたら、ピーちゃんがドブに落ちてしまった。
 ピーちゃんは鳴いた。幸いドブは乾いていたので大事には至らなかった。
 タマオくんはピーちゃんを取り上げ、謝った。
 もう二度と同じ過ちを繰り返さないぞと誓った。
 夏休みが終わる前にピーちゃんは死んだ。

 僕はこの作文を読んで、涙を我慢できなかった。
 絵に書いたようなわんぱくのタマオくんの無垢な気持ちや優しさや楽しさや後悔や辛さが、骨身に沁みるようだった。
 プロットだけ見れば、ほとんど小学生のような文章だと思う。
 しかし、そういった意味でも、あの時こんなに美しい文章を書けたのはタマオくんだけだと思う。
 文章というものは、人間そのものだ。

 ひねくれることなく。
 奇をてらうこともなく。
 ただまっすぐに書いて、ただ書き終わっただけのような。
 なんでもない美しさに触れたい。

 あの時のタマオくんの作文を覚えているのは、世界で僕だけだろう。
 書いた本人だって絶対に忘れているはずだ。
 良い文が心に残るのか、心に残る文が良い文なのか。
 僕にはその違いは分からない。

 でも、良い人間のことも、良い文のことも、僕は忘れたくない。





 ※フィクションです。
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