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桜丘は手に入れた

 桜丘はポルシェという車を買うために貯金していた。
 カエルみたいな顔の車で、なんだか知らんがやたら速い。
 速いというのは男の子の間では絶対的な正義なので桜岡の友達は、みんな彼の気持ちが分かった。
 しかしポルシェという車は安いモデルでも600万円くらいで、高いものだと2000万円くらいするので、みんなはちょっと桜丘が不憫だなと思った。普通の人がポルシェを買おうと思ったら物凄く無理をする必要があるからだ。親が金持ちだったら分かるけど、自分の金で買おうと思ったら凄く時間がかかるし、若いうちはまあ無理だろう。
 ところで桜岡は26歳で、アパートに一人暮らしだった。彼女は大学を卒業した時に別れて、それからずっといない。兄弟もない。田舎の両親はみかん畑の世話をして暮らしていた。彼は東京の外れの方に住んでいた。勤めているのは町の不動産会社で、給料は手取り22万円だった。安いんだろうか。高いんだろうか。
 桜丘は結構頑張っていて、23歳からずっと、1ヶ月に5万円の貯金をしていた。となると今は180万円くらい貯まっているのだけれど、まだまだ全然足りなかった。
 足りなくても桜丘はそこそこ幸せだった。ポルシェのモデルカーなどを買い集め棚に並べて日々眺め、いつか乗るぞいつか乗るぞと気合を入れていた。良い感じだ。
 良い感じの若者を見ると応援したくなるのが人間の性というもので、会社の先輩や上司からはなかなか野心のある頑張り屋として扱われていて、言ってみれば生活も不便はなかった。
 中でも上司の星渡は桜岡を大層気に入っていて、よく飲みに連れて行った。それはとても良いことなんだけれど、とても残念なことに、星渡は宇宙人だった。200年ほど前にプレセペ星団の方から来たらしい。流れ流れて日本に住んで、なんとなく不動産屋に就職し、宇宙人なりに一生懸命頑張っていた。やたらリアルな桜岡の話の次に、よくわからない宇宙人が出てきて混乱するかもしれないが、そういうことはよくあるので、まあ大丈夫だろう。大事なのはあんまり気にしないことだ。宇宙人ぽい上司ってのはまあまあ存在するもんだと思うし。
 ある日、飲んだ勢いで桜岡は星渡を家に誘った。
 棚にずらりと並べたポルシェモデルカーコレクションを是非見てもらおうと思ったらしい。
 星渡は正直ポルシェのことがよく分からない。桜岡を気に入っているのも、元気があってよろしいと思っていたからで、周囲の評価というよりも個人的な評価を行動の核としているところがある。宇宙人らしい性格だと言えるかもしれない。
 桜岡の家に上がった星渡は、棚のポルシェを眺めて「いいね」と言った。
 桜岡はとても喜んだ。先輩に喜んでもらうのは嬉しいことだ。桜丘は素直だ。
 しかし星渡が次に言った言葉は桜丘を驚かせた。
「桜岡くんはこの車がそんなに欲しいのか。そんなに欲しいなら俺がとってきてあげようか」
 驚いた後で桜丘はちゃんと笑った。実に礼儀正しい愛想笑いだった。そういうところも好感が持てるのだ。気を遣えるというかなんというか。でもまあ星渡は冗談で言ってるわけではなかった。
「是非とってきてください! 盗んだ車で走り出す~♪」
 忘れているかもしれないけれど二人は酔っているのだった。
 星渡はにこにこ笑いながらうなずき、その場で瞬間移動してポルシェ屋さんからポルシェを取ってきて桜丘家の前に停めた。
「おういおうい! 桜丘くん! とってきたよ」
 桜丘は、窓から何か声がするなあと思って顔を出した。
 ポルシェを目にした。目にした途端窓から体を出して飛び降りた。アパートの二階だったので、足がじ~んとしたくらいで、怪我は特になかった。
 ポルシェを目の前にした桜丘は「これは夢だ!」と叫んだ。
 星渡は桜丘をじっと観察していた。宇宙人なので、人間の観察するのが趣味なのだ。
「あげるよ」
「貰います! ちょっとここで待っててください!」
 桜丘も宇宙人なのではないかと思うほど素直だった。
 ポルシェに乗り込んでキーを回し、感動に打ち震えながら近所のコンビニまで走り、ATMで180万円下ろして家に帰り、ぼーっと立っていた星渡に180万円渡した。
 星渡は宇宙人なのでお金なんていらなかったけど、とりあえず気持ちだと思って受け取った。
 桜丘はポルシェの窓から顔を出し「行ってきます」と言った。
 星渡はにこにこしながら頷いた。
 ポルシェのテールランプを眺めながら、人間は面白いなあと思っていた。
 桜岡はそのまま帰ってこなかった。
 会社にも、アパートにも帰らなかった。
 たぶん、どこか凄く遠くまで車を走らせているんだろう。
 予想外の幸福というのは、人をちょっとおかしくさせてしまうものなのだ。
 そういうことはよくあるのだ。
 しかしながらこれは悲しい話でもなくて、幸せな話しだとぼかぁ思ったりするのだ。



 了 70分(1941字)
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