FC2ブログ

青春サイクロプス

 高堂屋正広は、いつものように堀の家に向かった。
 インターフォンを押そうとしたところでドアの向こうから騒々しい足音が聞こえた。それはすぐに鍵を開ける鋭い金属音になりドアノブをひねる音に変わった。
 どうやらタイミングばっちりで雅美が出てくるところらしい。
「お母さん行ってきます! 正広、おっす!」
 こちらに軽く手を上げた雅美は朝っぱらにも関わらずエネルギーに満ちた笑顔を向ける。
 それを受ける正広はどこか疲れたように手を上げて返した。
 このやりとりも小学生の頃から高校二年の現在に至るまでずっと続いているため、正広としては自分も雅美も全然成長していないように感じられて恥ずかしいやら億劫やらで素直になれない。
「もう正広、もしかしてまだ寝ぼけてんの!? しゃきっとしなよしゃきっと!」
「うるせえ……俺が朝弱いの知ってるだろ」
「弱いなら強くなれ! さあ修行だー! 走るぞー!」
「わ、バカやめろ引っ張るな!」
 楽しそうに走り出す雅美に手を引かれるままにマンションの階段を駆け下りる。
「あぶねえだろって!」
「青春に危険はつきものだよっ!」
 雅美の詭弁に付き合いながら、その笑顔を見ながら、無理やりに体を動かしていると、どうしてだろう、不思議と自分も元気になれる気がした。
 なんて、違うか。
 こいつのテンションに釣られてるだけだっつーの……。
 少し楽しくなってしまった自分に苦笑しつつ、それでも自分はこの厄介な幼馴染のことが、絶対に嫌いではないのだと思う。
 嫌いではない。
 というか――。
 正広は頭を振って考えを打ち消した。
 いつもそれ以上先のことは考えないようにしている。
 雅美とは長い付き合いでほとんど兄妹みたいなもので友達にひやかされたことだって一度や二度ではなくてその度に俺たちは二人して否定しあってそれでもお互いに恋人なんか作らなくて俺たちモテないよなとか言い合いながらどこか安心している自分もいて一歩踏み出そうとする度に臆病になってしまってそういう関係じゃないとか思いながら毎日だらだらと過ごして。
 だから。
 簡単に言えば。
 俺は雅美のことが、好きなのか。
 それは突然の理解だった。
 そしてごく自然な理解だった。
 この子の手を離したくないと思った。
 どうして今まで迷っていたんだろうと思った。
 マンションを出たら言おう。正広はそう決めた。
 薄暗い階段室から、真っ白な光が満ちるガラスドアを抜ける。
 セミの声がする住宅街。
 うっすら汗をかいているように見える雅美は玄関ドアの前の小さな階段を飛び降りて、振り向いた。
「修行終わり。目ぇ覚めた?」
「ああ、目ぇ覚めた」
 色々な意味で。
「あのさ雅美、俺、お前のこと」
 と言いかけたところで空から総重量22.56tの鉄塊が降りてきて雅美を踏み潰した。
 轟音と爆風と飛び散る砂利が正広を襲う。
 正広の脳裏に焼き付いたのは、「何?」と言うように目を見開いた最後の雅美の姿。
 その日、西日本の沿岸部に上陸したのは北の自立歩行型強襲兵器『パグェハダ-28』3機。大型工作船のコンテナに収容されていたパグェハダ3機は接岸と同時に展開し造船所を目指して南進したが海上自衛隊即応部隊の地対地誘導弾によって中破、10km地点でそれぞれが自爆した。死傷者・行方不明者合わせて106名の大惨事となった。
 誰がどう見ても戦争だった。

 狭いコクピットの中で正広は息を殺している。
 全方位スクリーンの右端には笑顔の雅美の破れかけた写真がガムで貼り付けてある。
 動力を全て切って無線システムだけを立ち上げている。ヘッドセットからは偵察機の動体ソナーの低く唸るような音だけが響いていた。索敵は順調だったが匍匐状態の今、敵に攻撃されたらただではすまない。聞こえるはずのない仲間の息遣いさえスピーカーから聞こえそうだった。
 不意にソナー音が途切れ、小隊長のぼそりとした声が耳元で響く。
「動力入れ。微速前進。木を倒したやつは全員にサッポロだ」
 雅美以外の誰も笑っていなかった。
 深い森の中で次々に鉄の巨人が目覚める。
 幾層にも重ねた合金板の鎧を纏い、巨大な砲を担いだ一つ目の怪物。
 日本"陸軍"主力兵器自立歩行型駆逐砲『30式自歩砲』通称サイクロプス。
「……高堂屋さん、今、質問いいすか」
 話しかけてきたのは後輩の若森だった。
 自立兵器隊の中では珍しく女性だったが、誰もその程度のことは気にしない。
 使えないやつから順に死んでいくからだ。
 作戦行動中の私語は厳禁だったが、小隊長は何も言わなかった。
「なんだ」
「高堂屋さんて、どの作戦にもちゃんと出るじゃないですか。朝も起きるの早いし、毎日走ってるし、一体何考えてんですか?」
 空気をなごませるための冗談だったんだろう。誰かが少し息をもらしたのが聞こえる。
 高堂屋は短く応えた。
「修行だよ」


 了 75分(1919字)
関連記事

コメント

非公開コメント