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土色国家

 一週間後に日本中の人民を地下に移送します、という命令が政府から下った時、テレビの画面に映る政治家を見て、なにを言ってんだこいつは、と誰もが思った。
 けど実際に家を奪われてみると誰も彼もが口をつぐんだ。

 庶民にはよくわからない理由で、地上には人が住めなくなった。温暖化だとかヒートアイランド現象だとか食糧危機だとか海面上昇だとか色々言われていたが、真実はよくわからない。そのすべてが原因かもしれないし、全部嘘かもしれない。
 よくわからないけれど政府がそういうんだからそうなんだろうと思う人がいて、よくわからないからちゃんと教えろと言って怒る人がいて、どうでもいいから生活がちゃんとできればいいやという人がいて、とにかくたくさんの人がたくさんの理由で、たくさんのことを言っていたけれど、俺はそういうことをただ言っているだけの連中が気にくわなくて、というか地下シェルターに閉じこめられて不自由な生活を強いられるのが気にくわなくてレジスタンスに加入した。手続きはとても簡単で、レジスタンス受付係に「入りたいんですけど」というだけでOKだった。とても楽だ。
 レジスタンスは新東京に移住が決まった頃からすべての地区に広大なネットワークを築いていた。地下移住計画が始まる前からこの計画に気づいている人たちがいてゆっくりと勢力を広げていったのだと聞いた。
 教えてくれたは若森さんだ。
「はじめまして若森です。あなたの力で世の中を変えましょう」と若森さんは言った。俺の教育係らしかった。若森さんは左目がなかった。年齢は二十代の前半くらいに見えたが、丸坊主にしていてよくわからなかった。女性だったが馬みたいな体つきだった。俺はしごかれ過ぎてしょっちゅう血尿が出た。
「君はどうして私たちが地下に住まなくてはならなくなったと思う?」
 ある日若森さんが俺に聞いた。
 新東京に移ってから2年くらい経った頃だった。ここに押し込められた当時に比べると、反抗的な声を上げる人間はずいぶん少なくなっていた。
「さあ……政府は色々言ってますけどね。真実なんてわかりませんよ」
 俺が言うと、若森さんは嬉しそうに頷いた。
「そう。わからない。たぶんずっとわからないままよ。けれどそれでも君は戦おうとしている。それは何故かしら」
「ムカつくからです」
「百点ね」
 若森さんは笑った。
「理由も真実もいらないわ。私たちはただ単に、何かを破壊したいだけなのだから」
 レジスタンスというよりも、彼女はテロリストだった。主義も主張もない破壊者だった。暴れる口実を探しているだけの若者だった。
 それでいいと思った。
 俺にはそれが必要だった。

 レジスタンスの行動は小規模なものから何年もかけて計画されたものまで様々だった。
 訓練を受けた俺は小さな作戦に投入されて、それなりに上手くやっていた。政府の通信施設を破壊したり輸送装置にちょっかいをかける程度のことだ。それなりに充実した生活だったと思う。少なくとも檻の中の猿のように毎日同じルーチンをこなしているだけの大衆よりは世界に対して貢献しているという気持ちがあった。
 地下に人間が閉じこめれているという現実そのものが不幸なのだから、それを破壊しなければ誰も幸福にはなれない。
 地下での生活は苦しい。満足な食べ物はほとんど配給されない。人工合成食料は死ぬほどまずかった。新東京はその規模を拡大するために急ピッチで工事が行われていて、学習を収めていない国民はすべてその拡張工事に回された。拒否すれば更に厳しい処置が下された。その頃には人の命なんて牛肉よりも低くなっていた。あらゆる所で人の命が失われたし、政府は見て見ぬフリを決め込んでいた。誰も守ってなどくれなかった。
 ある日、大規模な作戦にアサインされた。新東京の埼玉外縁、足立ブロックの壁を爆破して地上に出る作戦だった。
 作戦の概要は政府に漏れていた。待ち伏せされていて作戦に参加した構成員の7割が死んだ。他の連中が死んだ甲斐もあり、俺は死ななかった。
 作戦は失敗だった。
 撤退命令が出ていたが、若森さんは爆薬を抱えて壁につっこんでいった。
 彼女は自分の命すらどうでもよかったのだと思う。彼女が自爆した後、人々を閉じこめていた壁に小さな穴が空いていた。ひと一人がやっと通れるくらいの小さな穴だ。
 たった一人逃げなかった俺は、その穴を見つめ、出ることに決めた。
 穴の外にはなにもないかもしれない。
 ただ広野が広がっているだけかもしれない。
 明るい未来なんてものは絶対にない。
 それでも俺は出ることにした。
 外になにがあるかなんてことは、この際どうでもいい。
 誰かの言いなりになるのが、俺はいやなんだと思った。



 了  70分(1890字)
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