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レッドノイズ

 なんとなく社会的な疎外感を感じていた。
 上手く生きていく自信が無かったし、実際に自分は全然上手く生活できていなかった。
 どうしてなのか考え込んだ時期もあったが、考えても無駄だと気づいた日から悩むのをやめた。
 無駄なことに時間とエネルギーを費やすのは愚かなことだった。
 下手な生き方しか出来なくても友達の一人くらいは出来た。
 一人しか出来なかったけど。
 友達の名前は大畑勇。
 僕の唯一の友達だ。

 彼とは小学校で出会った。小学三年生で同じクラスになった。
 勇は目立たない子供だった。僕と同じだ。
 生まれつき静かな子なんだろうなと幼心に思った。小学生のくせに教室の隅で本ばかり読んでいた。僕と同じ臭いがした。
 紛れもない、のけ者の臭いだ。
 社会にとけ込むことができない奴が放つ悪臭。

 勇は美しい見かけをしていた。艶のある髪に整った顔。小柄だけれどやせすぎてはいない体躯。運動もそこそこできた。だから女の子達は放っておかなかった。彼の周りにはいつも二三人の女子がいて、なんやかやと彼に話しかけていた。勇はたぶん心の中でそれをうっとうしく思っていただろうが、邪険にはしなかった。勇は無駄に優しかった。
 今にして思うけれど彼は、本当に無駄に優しかった。彼の命を奪うほどの優しさ。

 勇がどう思っていようと周りに女子をはべらせているとよく思わない奴がでてくる。学校は社会の縮図だというが本当にそうだ。
 勇はいじめっこに目をつけられ、よく教室から無理矢理連れ出されてどこかへ消えた。教室に帰って来たときはたいてい泥だらけだった。
 女子達は最初こそ心配していたがだんだんと勇に近寄らなくなった。思うに自分たちがいじめに巻き込まれるのが嫌だったんだろう。そのうち手のひらを返したように勇をいじめる側に回りはじめた。自分になびかない勇を、いっそ破壊しようとしたのかもしれない。汚くなってしまえと思ったのかもしれない。
 でもそんないじめっ子の馬鹿さ加減も、女子のアホみたいな嫉妬だかなんだかも無駄なことだった。勇はきちんと学校にきて破れかけた文庫本に没頭していた。その姿はある種の神々しささえ湛えていた。僕はそんな勇が好きだった。
 弱いくせにやたらと芯ある勇が好きだった。
 好きなやつを守りたいと思うのは当然のことだ思う。僕も当然勇を守ろうと思った。
 ある日、勇はいつものようにいじめっ子の三人に連れられ教室の外に連れ出された。
 昼休みのことだった。
 僕はこっそり彼らの後をつけた。
 勇を連れた三人は体育館に向かっていた。
 誰もいない体育倉庫に勇を乱暴につっこんでから、三人も入っていった。たぶんいつものことだったんだろう。彼らは実にシステマティックに己のやるべきことををこなしていた。ストレス解消もここまでくると日々の業務の一部のようだ。
 四人が倉庫に入ってしばらくしたのち、僕は体育倉庫の扉を開けた。
 勇は床に転がって体を丸めていた。たぶん殴られたか蹴られたかしたんだろう。小さくうめいていた。
 いじめっ子の三人は跳び箱の上にあぐらをかいてトランプをしていた。なかなか器用な連中だなあと思った。
 いじめっ子の三人は僕が入ってきたことに驚いて目を見開いた。そのあとで何か口汚く僕をののしる言葉を口走った。僕にはよく聞こえなかった。僕は昔から叱られたり馬鹿にされたりすると耳がよく聞こえなくなるのだ。便利な体だと思う。

 少しだけ僕の話をしよう。この話の主人公は勇だから、これはおまけみたいなものだ。
 僕は昔からぼうっとしたやつで、よく教師や親に叱られた。クラスメイトにも色々と悪口を言われきた。前述の通り僕には友達がいなかったし、たぶん嫌われていた。でも僕はいじめられたことが一度もない。
 僕は小学三年生の時点で身長が170センチで体重が70キロあった。周りが全員子供に見えたし、周りは実際子供だった。そして僕も子供だった。僕は人と違うということを恐れていたし、自分が何かの病気なんだと信じていた。
 僕が普通に生きられないのは病気のせいだと信じていた。
 でも病気だろうがそうでなかろうが、あんまり関係がないのだとわかった。

 僕はまず、いじめっ子の三人を跳び箱から突き落とした。簡単だった。
 床に落ちた三人が逃げないように、まずは一発ずつ顔を殴っていった。僕は喧嘩なんかしたことがないので思いっきり殴っていった。三人をモグラ叩きみたいに順番で殴っていったので骨が折れた。骨が折れたというのは比喩表現で、実際に誰かの骨が折れたわけじゃない。折れたのは彼らの乳歯だった。誰かの鼻血が飛び散った。僕は彼らの髪をつかんで引きずり回して跳び箱の角に思い切り打ち付けたりした。誰一人抵抗しなかった。爪の間に抜けた髪や頭皮がひっついて気持ちが悪かったので彼らの服でふいた。弱いものいじめはとても楽しかった。彼らは実際とても弱かった。
 その場でただ一人強かったのは勇だった。
 勇は僕の暴力を眺めていた。
 僕の気が済んだ頃に彼は言った。
「どうして僕を助けてくれたの」
「いやべつにお前を助けたわけじゃないよ」
 と僕はため息をつきながら言った。
「殴っても良い奴を殴るのって気分いいだろ」
 勇は納得したようにうなずいた。
「僕も殴られるのかな。教室ではそうなってるみたいだから」
「殴らないよ。おまえはこいつらより強いから」
 僕と勇は友達になった。
 あとどうてもいいけど僕は家庭裁判所で裁判を受けることになった。ほんとにどうでもいいことだけど、僕が殴った三人のうち、一人が死んだのだった。

 成人した僕と勇は東京で出会った。
 その頃には勇もすっかり変わっていた。とある女と結婚していて、子供も一人いるらしかった。
 彼の妻は体がとても弱くて何らかの精神疾患にかかっているようだった。よく自殺の真似事をするのだと僕に教えてくれた。
 僕はまた殴る相手ができて嬉しかった。
 世の中は弱いやつばかりだ。
 勇の無駄な優しさは本当に無駄だけれど、その優しさにすがって、彼を弱くするようなやつは、僕が殴り殺すのだ。
 彼らを殴るのは本当に愉快だから。



 了  60分(2437字)
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