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血みどろビューティー水卜怪 ~金色のフランシーヌ~

 生きづらい……生きているのが苦しい……!
 いっそ死んでしまいたい……いや、死のう!
 死んでさっぱりしよう! なんだか死ぬって考えると逆に元気になってくるぜ!
 死んで元気だ! 僕は泣きながらこんな文章をノートに書いている。
 何がなんだか分からない。
 ただ僕が知っているのは、鮎の塩焼きは美味いってことだけ。
 血みどろビューティーこと水卜怪さんが僕に買ってきたくれた、魚の丸焼き。
 魚の死骸に塩をまぶして焼いたもの……これが僕の、青春の味。
 しょっぺえしょっぺえ。
 本を読んでいる間だけは、夢も現実もございますまい。全ては別世界へ繋がっておりました。わたくしは想像の白い翼をどこまでも広げ、夢幻の彼方へ飛翔いたします。そうして長い時間をたった独りきりで過ごして参りました。
 わたくしの日常に変化が訪れたのは、忘れも致しません――永日町立永日中学校に入学した直後のことでございます。
 永日町は、潮の匂いのする寂れた港町でございます。田舎の學校にはよくあることでございますが、中学へ上がっても学友の顔ぶれはチラとも変わりませんでした。人が変わらねば集団の性質というものも変わるはずがありません。わたくしは小学校の頃と寸分違わぬキチガイ扱いを受けるものと思い込んでおりました。
 新しい校舎を独り、寂しく探索していた時のことでございます。學校敷地の外れも外れに、小さなグラスハウスをみつけました。手入れの行き届いた、異国風のガラス張りの小屋……透けて見える内部には、夢のような花々が我を見よとばかりに、胸を張って咲き誇っておりました。香りに惹かれる蛾のように、わたくしはグラスハウスのドアをそっと開けます。
 そこで、息を飲みます。
 生まれてから一度も見たことがない、夏のひまわりのように美しい金髪の女性が、こちらに背を向けてしゃがんでいるのでございます。澄んだ水色のワンピース・ドレスを身につけ、純白の手袋をしていました。幻想的なその光景に見惚れている自分をどこか遠くに感じながら、わたくしはいつまでも小さな背中を見ておりました。
 突然、「Salut」と涼やかな声が致します。
 その一言で思考を現実に戻したわたくしは「Bonjour」と返事を致しました。
 もちろん、彼女のように流暢な発音は、学のないわたくしには望むべくもなかったのでありますが。
 背中が少し揺れ、彼女が音もなく立ち上がり、わたくしを振り返りました。
 海のように深い青い目が、わたくしを見つめ、優しく微笑みます。
「新しく入ってきた方ね。ようこそ、私の庭へ」
 彼女は踊るように手を広げると、花を撫でるようにふわりとその場で回りました。
「私はフランシーヌ。あなたにフランス語を教えるためにパリから来たのよ」
 それがわたくしとフランシーヌの、悲劇の始まりでございました。

「いや別に、いいから」
 と僕は言った。言ってから、えっ? と思った。
 自分が何を言ったのかよく分かっていなかった。ただそれは口が自動で喋っちゃった感じだった。そういう言い方ってないだろと自分でも思った。死にたくなった。
 この誰だかよく分からないクラスメイト――たしか、みうらさん?――は、おそらくたぶん、僕を心配して話しかけてくれているのではないかと思った。
 みうらさん(仮)は僕を冷ややかに20秒ほど見ていた。結構長かったのでぼくは睨まれているのかと思ったが、違った。
「ごめんびっくりしたよね私も色々作るのが好きだから仲間かと思っちゃって心配になって。じゃあね」
 みうらさん(仮)は物凄く早口で言った。最後まで目がマジだった。僕はどうすればいいのかわからず、とりあえず頷いてから自分の机に向き直ってスマホを見るフリをした。
 それから5分くらいスマホを見続けるフリをしなければいけなかった。
 何故そんなことをしていたかというと、みうらさん(仮)は「じゃあね」と言ったくせに僕の机の横から全然動かなかったからだ。机の横で、僕と同じようにスマホをいじっているのだ。真顔で。
 不思議過ぎる。なんだこの人は。何がしたいんだ。と、段取りの悪さにぼくの方がそわそわしていたのだが、あまりにも滞在が長すぎるので仕方なく話しかけることにした。
「あのさあ、キミは何を作っているわけ?」
 と、今度もちょっと感じの悪い聞き方をしてしまう。自分を殴りたい。もっと会話が上手くならないと、高校生になる前に僕は自分を殺してしまうんじゃないかと思う。しかも会話がさっきと繋がっているんだかいないんだかよく分からないことになっている。なんなんだよ。「ニポニポ動画ストリームって知ってるよね」
 みうらさん(仮)は自分のスマホから目を離さずに早口で言った。
 もちろん知っている。僕だって一応ニポニポネイティブ世代だ。生まれた頃からテレビ以上に影響を受けてきたと言っても過言じゃない。僕は曖昧に頷いた。知ってるけど何? という感じを出したかった。喋りが下手過ぎて、ついに喋るのを放棄したと言っても過言ではない。
「ニポストで生主やってる。これ誰にも言わないでくれる?」
 みうらさん(仮)は自分のスマホから目を離さずに言った。
 生主というのは個人的にインターネットで生放送を配信してますよという意味だ。
 ぼくは頷いた。今度こそうなずくことしかできなかった。
 この大人しそうな……しかもとても早口で喋る上に会話の最中もスマホをじっと見ているような明らかに不器用なみうらさん(仮)がまさか、多種多様な人の前で喋ったりしているだなんて信じられない。
 というか純粋に凄いなと思って声をかけられないところもある。
 人前でライブな芸をするということに、陰キャの僕はコンプレックスにも似た感情を覚えるのだ。
「生放送で……どんなことをしてるの……」
 僕は生唾を飲み込みながら聞いた。
「変顔」
 みうらさん(仮)はそう言い残し、自分の席に戻っていった。
 僕はもう彼女をずっと見ていた。見ていることしかできないのだ。みうらさん(仮)は自分の席に戻ってもスマホをいじっていた。
 僕もスマホをいじることにした。
 たぶんだけど、今日の出来事は夏の幻みたいなものだったんだろうと思う。
 白昼夢だ。
 疲れが溜まっていたんだろう。
「というか、じゃあねって言わない時はほんとに帰るんだ……」
 僕とみうらさん(仮)の最初の出会いはこんな感じだった。
 僕は正直、このよく分からない会話で、僕とみうらさん(仮)の縁は切れてしまうものだと思っていた。
 けれどそうはならなかった。

 続

 2603字
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