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リフレイン/する/日常

 脇腹の贅肉をつまみながら書いています。
 23時が僕の定時。
 長老と二人きりの職場に別れを告げ疲れた体を引きずって地下鉄に乗る。
 座席は一つ残らず疲れた人で埋まっている。戦中の写真のようだ。
 車両の中央あたりに立って、鞄から文庫本を出して左手一本で読む僕。
 窓に映る自分の"読書姿"に見惚れながらろくに頭に入ってこない殺人事件捜査を堪能している時、事件が起きる。
 とある駅で電車に乗ってきた二人の女性が、僕の隣に立ったのである。
 ひとりは目に鮮やかなオレンジ色のパーカーを羽織ったオーバーオールの女性、もうひとりは巨大な丸フレームのメガネをかけた真っ赤な口紅の小柄な女性。
 あまりに目立つ格好をしている二人。
 僕は最初に0.2秒だけ彼女等を確認した後、そちらを見ないようにしようと誓った。
 主張の強い服を着ている女性は誰彼構わず悪口<あっこう>を利くきらいがあるからだ。
 限りなく透明に近い気配になって佇んでいると、彼女等はバカでかい声で会話を始めた。
「アンナ(仮)ってすごいよね~~!」
「そう~! 昔からやるよね~~!」
 聞きたくなくてもばんばん耳に入ってくる。
 静まりかえった車内によく響く彼女達の声。
 脇腹の贅肉をつまみながら書いています。
「でもアンナってすごい経験してて!」
「ええっそうなの! すごい!」
「そう~~! 彼氏と一緒の大学入って~~!!」
「ウンウンオクチウム」
「すっごい熱かったんだけど~~! なんか彼氏がやばいサークル入っちゃったらしくて~~!!」
「ええ~~! やばくない!?」
「寝込んじゃったんだって、性病で!」
「やば~~い」
「なんかそういう闇の部分ばねにしてすっごい頑張ってるよね~~!!」
「ウンウンオクチウム」
 ブラックホールみたいな話を大声で話していた。
 殺人事件の捜査なんてしている場合ではなかった。
 現実ってやつは、もっと頭がおかしいみたいだ。
 アンナはその後どうしても企画の仕事がしたくて小さな会社に入って世界中を飛び回っているらしい。
 どこの誰だか知らないけれど、僕はアンナが逆境にも負けず、自分のやりたいことを一生懸命やって、夢を叶える素敵な姿を想像しながら、脇腹の贅肉をつまんでこれを書いている。



 トイレに入った途端、ポケットのスマホが震えた。
 ドキッとしながら急いで取り出すと、会社の電話番号だ。
「うわっマジかなんかやらかしたっけ生まれてすみません」と思いながら通話ボタンを押す。
「もしもし伏田です」
「……あっ、もしもし高橋(仮)ですけど」
「どうしました!?」
「うんー、今日伏田さん13時だよね」
 13時出社だよね、という意味だ。
 再びドキッとした。今日は火曜日なので15時出社のはずだ。出社時間間違えたか!? と思って僕は青くなった。
「火曜なので15時です」
「ああ、そうそう。15時だよね」
 高橋さんの間違いだった。良かった。ほっとした僕は脇腹の贅肉をつまんでこれを書いています。脇腹の贅肉をつまんで……。
「どうかされましたか」
「うんー……速水(仮)さんが具合悪いみたいでさ」
 リーダーの速水さん。体調を崩すなんてほんとに珍しい。けど最近過労気味だったのは見てて知っていた。通常の業務に加えて上から降ってくる依頼のすり合わせ情報展開事実確認スケジュール管理業務効率化課題提出無駄なミーティング事務作業に加え他部署の書類管理に部下のミスのフォロー。明らかにオーバーワークだった所へ接待キャバクラまで付き合って顔面蒼白の日すらあった。そのストレスもあってか家で酒を飲みすぎしまうこともあるらしく、体調はどう考えても良くないと思われた。ダウンしない方がどうかしてる。
「どうされてんですか」
「ちょっと裏で休んでるけど……伏田さん、今から出てきたらどれくらいに着く?」
 わずかに考える。
「いつもの30分速いくらいです」
「30分ならあんまり意味、ないか」
 高橋さんは疲れたように吐息混じりで言う。
「行きます」
 僕は、脇腹の贅肉を、つまんだ。
「いや……」
 と高橋さんは言いかけ、
「わかりました。お願いします」
 電話を切った僕は急いで風呂に入って寝癖の頭を洗ってヒゲを剃った。
 どいつもこいつも、と僕は考えた。
 僕も含めてだ。僕も含めて、どいつもこいつも、みんなみんな、疲れているくせに、やらせたり、やったり、休めなかったり、馬鹿みたいだと思わないのか、働き続けるのが偉いとかこれっぽっちも思わないし、出世とか微塵も考えたことないからこんな事言う権利はないのかもしれないが、倒れたら意味ないんじゃねえのかよ、僕は速水さんの助けにならなかった僕が嫌いで、責任のある仕事を責任が持てる人にしかさせない社会にも腹が立つし、体調管理できてない速水さんも正直愚かだと思った。
 会社に着くと、玄関ロビーで速水さんに会った。どうやら少し早めに上がるらしい。
「すみません」と速水さんは苦笑しながら言う。
「大丈夫なんですか」と僕は苦笑しながら言う。
「大丈夫」と速水さんは真顔になって言う。
「あとは俺に任せておいてくださいよ」僕は笑わせようと思う。
 速水さんは、弱々しく笑った。
 僕は脇腹の贅肉をつまみながら、これを書いている。
「じゃ、すみません、お先に……」
「お気をつけて」
 仕事なんて知ったこっちゃない。
 会社なんて滅べばいいと思っている。
 けれど僕は、仲間たちが好きだ。
 会社に貢献したいと思ったことは一度もないが、仲間を裏切ることだけは、嫌だ。
 だからこそ僕はみんなにこう言いたい。
 無理をするなと。
 少しは自分のことを大事にしろよと。
 あんまり思いつめるなよと。
 たまには脇腹の贅肉でもつまんでみればいいんじゃないの、と。



 最後まで読んでくれてありがとうございました。
 ちょっとした文体の実験で書いてみましたが、リフレインの技術は思ったよりも難しいです。
 お話の内容は、事実を元に再構成したフィクションです。
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Comments 2

There are no comments yet.
hanaco  
No title

はいでぃほー。

伏田さんが「有休に興味がない」って言ってた理由がわかった気がしました。きっと情に厚いんでしょうね。
伏田さんが、会社や人員全体としての影響ではなく個人そのものを心配してるってことは、相手にどれだけ伝わってるんでしょうね…
いつか伝わりますように。

あと私も脇腹を摘もうとして、摘める部分が大分減ってることに気付きました!!
でも前側は普通に摘めたんで、これから走ってこようと思います…
贅肉を摘んでみるのも悪くない。けどほんとは、摘めない体型を切望します。笑

ではでは、また!

2018/06/13 (Wed) 04:33 | EDIT | REPLY |   
伏田竜一  
No title

 hanacoさん、はいでぃほー。

 うーん、どうなんでしょう。情に厚いと言われるとそんな気もします。しかしながら、知らない人や嫌いな人には素っ気ないので、そこまで厚くもない気がしますw 好きな人達には全力で向かって行きたいとは常々思っています。
 誰かを心配して何かしたりすることって、ぼくはほとんどないので、やるときには自分の中であらゆる理論を組み立てて、ある意味、「親切にし過ぎて嫌われてもいい」くらいの気持ちでやるので、伝わらなくても平気といえば平気だったりします。あと、hanacoさんに今伝わったので、会社の人に伝わらなくてもOKですw

 hanacoさん実は隠れスマートですね!?
 踏み絵ならぬ踏みステーキの刑にかけたいと思いましたよぼかぁ!
 というのは冗談にしても、あれですね、ランニングが効いてる感じでしょうか。
 摘めない体を切望しているなら、その時点でもう勝ったも同然という気がします。
 やっぱり気持ちって大事なので……!
 ぼくも走ってきます。

 コメントありがとうございました!

2018/06/13 (Wed) 23:06 | EDIT | REPLY |   

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