すきを見せる

今日は僕のすきだらけの文章をお見せしたいと思います。
だいたい毎回すきだらけですれども。
ちょっと真面目な内容かもしれませんが、それほど真剣には書いていないので、ふわっと読んでみてくださいね。

 やったほうが良いことAに対して、Aに対する不快感情からくる行動Bを回避行動という。
 回避行動は一時的に心を落ち着かせたり、休ませたりすることはできるが、これを続けていると生活の質は落ちていくし、結果的には回避行動を増やすことになりいつまで経ってもAを実践することができなくなる。

 ということはみんな気づいていると思うのでいまさら言うことでもない。
 回避行動をどのようにしてAに持っていくかは人によって違うけれど、間違いなくこの辺りのテクニックが生きやすいかどうかに繋がってくると思う。
 ものの本には次のように書かれている。

"毎日、ほんの少し勇気を出せばできるという自信が持てる行動パターンを始めてみましょう"

 これは僕が以前イラストの記事か何かで書いたことの元になっている考え方なんだけれど、とにかく「小さな一歩」を積み重ねるということだ。ラクガキでもいいし、なんなら線一本でもいいんじゃないかと思う。書いたら必ず自分を褒める。これは心ケア術においてあまりにも基本的過ぎるテクニックであり、自己肯定感を増すために必要な手段だ。

 僕の知り合いに不登校児童のためのWEBコンテンツを作るために会社を辞めた方がいるが、その方も「小さな一歩」について僕に教えてくれたことがあった。大きな目標というのはほとんど役にたたないことが多く、出来ることをやって自信をつけていった方が最終的には近道となるということでもある。

 自己肯定感を適当に扱うとイライラしたり冷静さを欠いたり自分だけが正しいと思ってしまうようになる。すると悪循環が始まる。酷くなると不安障害やうつにも繋がる。理解者が近くにいるならその人をばんばん頼った方がいいけど共依存にも気をつけて。

 コンテンツを作っていた彼がある時こんなことも教えてくれた。
「承認欲求というのは生存本能の次に強い願望なんだよ」
 その言葉は僕に大きな衝撃をもたらした。
 色々と納得することが出来た。
 日本には昔、サムライというプライドの高い人達がいて、彼らは面目を失うのを何よりも恐れていて威張っていた。逆らう人たちはばんばん殺した。たかがプライドのためにそんなことがまかり通っていた。誇りとかプライドっていうのはそれほどに大きなものだったということだ。人を殺すことを許容してしまうような社会を生み出すほどに。
 そして今も人間は特に変わっていない。
 流石に殺しまではしないけれど、他者に認められたいという思いは消えないし、社会がある限りそれは永遠に人間の心にあり続けるだろう。

 プライドが高くても低くてもどっちでも良いと思う。
 どっちに偏っても辛くなるのは本人だし、辛いのは治そうと思わなければ絶対に治らない。
 他者から常に高評価をもらい続けることができるなら、その相対評価に依存しても困らないかもしれないが、そんなことは普通にないし、甘やかされ続けるとその環境自体に何らかの問題を見出してしまうのもまた人間だと思うので、いつか書いた絶対評価という考え方でもって自己肯定感を増して行きましょうということだ。

 というか僕も「心ケア術」とかよく分からない造語を使って書いていたけれど、具体的に書くと、
 認知療法、行動療法、認知行動療法という考え方を元にしてこれを書いたり、考えたりしている。
 気になる人は検索してみてもいいかもしれない。少なくとも僕の文章よりは勉強になると思う。
 僕は遊びのつもりでこれらを勉強しているわけではない。
 本当に治りたいと思って行動している。(サボってたけど)
 なので誰にも強要しないし、実際にはおすすめもしていない。
 治りたいとか良くしたいと本気で思っている人はわらにもすがる思いで絶対に解決策を探しはじめる。
 じゃないと死ぬからだ。死ななくてもとても苦しい思いをするとわかっているからだ。
 行動しない人は本当には治りたいと思っていない。それもまた良しだと思う。

 心のバランスを崩した人、あるいは崩しかけている人、知らず知らずのうちにズレて行った人など、色々見てきた。
 薬をじゃらじゃら持っている人、酒飲みながら抗うつ剤飲む人、音信不通になって会社をクビになる人、こっそりこの世を去る人、メンタルクリニックに座っている普通の顔の人達、道端に座り込んで鳴らないラジカセで歌っている人、暴力を振るう人振るわれる人、先天性の病気の痛みを和らげるために違法薬物に浸かる人、突然落ち込む人、元気になる人、酒が辞められない人、ヒステリーが止まらない人。
 そういう人たちからも少しずつ僕は学んだし、学ばされた。
 変じゃない人なんていない。どこか欠落していても別に大丈夫だ。
 普通じゃない人もいない。みんな表面的にはわりと普通だ。

 なんだったか、自己肯定感の話しだった。
 回避行動をAに持っていく話し。
 小さな一歩だった。
 3分だけ頑張ってみるとか、意外といいんじゃないだろうか。
 3分なら流石に誰でも頑張れるだろう。
 それで自分に対する嫌な気持ちが収まるんだったら、やれそうな気がする。

 という文章を何回も何回も書くのは、僕がこれをとても大事だと思っているからです。
 自分で整理して、自分に言い聞かせているし、誰かが読んで何かのヒントになればいいなと思う。
 自分はなんともないと思っている人でもカウンセリングとか受けてみた方が勉強になると思うなあ。
 考え方を知っているだけで楽になる時ってあると思うので。
 というかまあ、明日は我が身なので。


 そんな感じで、今日は以上!
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