※この記事には良くない言葉が出てきます。心が疲れている時は読まないほうがよいでしょう。
※この記事はフィクションです。
人を助けるのが怖い。というエピソードを一つ書く。
ちなみにオチはない。
僕は酷い酒飲みだった。アル中そのものだった。酒を飲んで暴れるのが趣味だった。
酒を飲んで暴れていない時は、酒を飲んで苦しんでいた。(笑うところ)
そんな酒乱系文学ボーイの僕は、ある日地元の街でヤバイ中年女性に出会った。中年女性と書くのが面倒なのでおばさんと書く。
そのヤバイおばさんは、駅前の人通りが多い歩道にダンボール箱を置いて座っていた。ダンボール箱はおばさんの体重で潰れていた。おばさんの目の前には醤油っぽい染みのついた汚いラジカセが置いてあって、ラジカセの横にはおばさんの目をアップにしたコピー用紙が無数に貼ってある看板が立ててあった。おばさん自体の目は何も見ていなかった。ただ宙をじっと見つめていた。
見るからにヤバイ人だった。道行く人はみんな素通りした。僕は酔っていて、ルサンチマンの塊で、自分のことがどうでもよくて、たぶん同じく自分のことがどうでもいいはずの(あるいは完全に見失っているであろう)おばさんがある種の仲間であるように感じて、おばさんの前に座り込んだ。地面に座り込んでニッコリ笑っておばさんに話しかけた。
「何してんすか」
おばさんの目が宇宙から徐々に戻ってきて僕の目と合う。
「歌ってるの」
ああヤバイなーこれヤバイなーと思った。
おばさんは歌うどころか口ずさんでさえいなかったからだ。
それでも僕はどこかで彼女の理性を信じていた。おばさんは確かにやばそうだが本当にやばいかどうかは話してみないとわからないし、ヤバイ人に積極的に話しかけてる段階で僕もその仲間な気もしていた。歌ってるなら音楽が好きなんだろうと思ったし僕も音楽が好きだった。
とにかく僕は立ち去らずおばさんの話を聞いた。
無言の時間が何回もあったが、僕とおばさんは何かを話した。具体的に何を話したのかはほとんど覚えていない。
おばさんは歌手らしかった。CDも出しているらしかった。
「歌ってあげるよ」
と言っておばさんはラジカセのテープの再生ボタンを押した。
しかし音楽は流れなかった。
おばさんはテープを忘れて来たらしかった。
とんでもない空気が流れた。
歌うためのテープをそもそも忘れていたのなら、彼女は一体ここで何をやっているんだ?
おばさんはアカペラで歌い始めた。駅前の喧騒の中で、聞いたこともないオリジナルソングを、車の走行音に負けそうな声で歌い始めた。僕は冷や汗をかいていた。そろそろ警察が来てもおかしくなかった。渋谷の路上ライブをしている人達のところだって警察はくる。こんな田舎の駅前で歌ってたらマズイと思った。けれど言い出せなかった。この手の人特有の狂気、というか、ある種の暴力性の予兆みたいなものを僕は感じていた。
彼、彼女たちは突如としてキレはじめる。
その予感はのちに軽く爆発することになる。
おばさんが歌い終わったあと、おばさんは僕にCDの焼き方を教えてくれと言い始めた。僕は良い人でありたかった。それに、おばさんの正体にも興味があった。ワンチャン謝礼なんかも出たら良いな! と浅はか極まりないことを考えてもいた。酔っていたし、僕は基本的に馬鹿だった。
おばさんの家に案内されて、ほいほいついていった。
巨大な薄暗い団地の一室がおばさんの家だった。歌手の家には見えなかった。引退したあとの戸川純のアパートみたいに汚れていて生活がこびりついて見えた。
部屋の中にはなんだか無数の物が積み上がっていた。あとテンションのやたら高い子犬がいて僕のスーツに毛をつけていった。壁の天井近くに大きな額縁があって、おじいさんの写真が収まっていた。それは宗教臭く見えた。
見慣れない人の家が不気味だったし、警戒心がまったくないおばさんもやっぱり不気味だったし、そんなところで縮こまって犬を撫でている自分もクリーチャーに思えた。
おばさんは部屋の奥から古いアコースティック・ギターを持ってきて僕に渡した。自分では弾けないらしかった。僕は適当なコードを押さえて鳴らしたがチューニングがめちゃくちゃで合わせられなかった。
「弾けないのね?」とおばさんは不機嫌になった。
「それはとても大切なギターなの。わたしにはそれしかないの」おばさんはギターをしまった。
二回目になるがおばさんはギターが弾けなかった。
不当に怒られている気がした。
おばさんがオリジナルソングが収録してあるCDRを持ってきてくれた。僕はそれを聞いた。なんというか、現在の日本のどのシーンでも一度も聴いたことがないような曲だった。楽器はギターだけで、おばさんの声が多重録音してあって、ザバダックにフランス歌謡を混ぜたようなふわふわした歌メロだった。狂いそうになった。東北大震災についての歌も書いたらしく、それを聴いたら今度は全くのアカペラで、さっきと同じようなメロディーでおばさんが歌い始めた。おばさんのウィスパーボイスが両耳を通して脳に直撃する。狂いそうになった。
「いい曲ですね!」
僕は嘘をついた。
殺されたくなかった。というと冗談っぽいのだが、僕は結構真面目におばさんの理性を否定しはじめていた。たぶんCDを出したというのも妄想だった。あるいは騙されているかのどちらかだと思った。少なくとも商業ラインには乗っていないはずだ。
僕の手に負える相手ではない。住む世界が違いすぎる。助けられない。というか誰か助けて。
帰りたかったがCDを焼くと言った手前作業しなくてはならなかった。おばさんがまだ一度しか電源をつけたことがないと言うノートパソコンを持ってきてくれた。僕はネットでフリーソフトをダウンロードしてCDを焼いて、おばさんが一人でも焼けるように手順書を作った。その作業に二時間くらいかかって、おばさんはめちゃめちゃ機嫌が悪くなっていた。
「そのパソコンはとても大事なの。それにかかってるの」というような謎のプレッシャーが増えて、
「わたしには音楽しかないの。どうしてもCDを焼かなくちゃいけないの」と、遠まわしに皮肉っているようなことも言い始めた。僕は愛想笑い全開で対応した。酔いはすっかり醒めていて、とにかくすぐに帰りたかった。おばさんが好意で出してくれたであろうコーヒーは頑張って全部飲んだが、気持ちが悪かった。
おばさんがお礼をしたいから電話番号と住所を教えてくれと言った。僕は嘘の電話番号と住所を教えた。lineだけは本当のIDを教えたのでなんとか帰れた。
帰り道は尾行されていないか注意した。
何も得しなかった。ただひたすら奪われたように感じた。
この自分の被害者意識も気持ち悪かったし、全て自業自得だった。
二日後くらいにおばさんからLINEに連続して着信があった。僕は本当にビビって震えた。色々なことを想像した。CDを焼く手順が間違っていたから教えてくれと迫られるとか(キチガイはしつこいので)、あるいはノートパソコンが壊れたとか、そういうよく分からない理由でお金を請求されたりしたらどうしようとか、待ち伏せされたら嫌だなとか。すぐにブロックしたが、僕はまだおばさんと同じ街に住んでいる。
あれから一度もおばさんの姿を見かけない。
オチはない。
ただなんというか、僕はいよいよ学んだのだが、キチガイっぽい見かけの人は本当にキチガイであることが多いってことだし、だからそういう風に思われるようなことはしないほうが良いってことは学んだ。
関わっても損しかしないし、キレられる。
人って、本当に狂うし、狂ってる人なんてそこら中にいるし、見かけでわかれば苦労しないけれど、見かけで分からない人もいるし、普通だった人が狂うこともあるし(病気や宗教やお金や遺伝や、原因はたくさんあるけど)、普通だからって安心できるわけでもない。
となるともう一寸先は闇なので、あんまり考えないようにもしているんだけれど、そもそも人を助ける、なんて考え自体が物凄く傲慢だとすら考える。
とりあえずまあ、のんびり注意して生きよう。
心配しすぎるというのも、ひとつの病だし。
僕は僕のことをしっかりやっていれば、それでいいのだ。
みんながみんな自分のことをしっかりやっていれば、それでいいのだ。
最後まで読んでくれてありがとう。
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コメント
No title
グウェンプール、ググりました。中の人カワイイんですね!笑
アメコミでしょうか?
カナビスワークスは描き込みがエグ過ぎてビビりました。
伏田さんの描かれた方は、影人間(人間…?)がいいエッセンスになってると思うんです。かなりアーティスティックなのでは!?
それから、追記読みました。
伏田さんもっと危機感を持って下さい!!
って言おうとして気付きました。
>※この記事はフィクションです。
フィクションでよかったーー。
読ませますね…
リアリティ半端なくて、すごい面白かったです。
私たちが「あ、こいつやばいかも」って思う直感は、案外馬鹿にできないものなんですよね。
触らぬ神に祟りなし。
自分の危機回避能力を信じよう。って、思ったり。そんな感じで。
ではでは、また!!
2018/04/09 21:44 by hanaco URL 編集
Re: No title
おお、ググらせてしまって申し訳ない。ありがとう。
グウェンプールさん中身も可愛いんですけど、スーツの時も可愛いんですよ……僕の画力が足りなすぎて可愛いくないのが口惜しいところです!
マーベル・コミックという出版社から出ているデッドプールというキャラクターのマンガのスピンオフ作品の主人公のグウェンプールというキャラクターが人気が出すぎて単体でシリーズ化しちゃった作品の主人公になります。ややこしいですね。アメコミの出版事情がよく分かってないのですが、どうもそんな感じらしいです。
マーベル作品って日本のマンガと違って、マンガの脚本を書く人がちゃんといて、絵師は結構変わるみたいなんですね。なのでグウェンプールのマンガでも絵柄が全然違っていたりして面白いです。その中でもグリヒルという日本の絵師の方の作風が凄く好きで、真似したいなあと常々思っております!
CANNABISさんの世界観にようこそ……! 僕は彼の絵が昔から大好きで、リンダキューブアゲインという神ゲーのキャラデザをやっていた人なのですが、もともとアニメーターで、宇多田ヒカルさんのPVとかもやられています。更に小説の表紙も数多く手がけていて、どのコンテンツもぼかぁ大好きなのです。独特の暗い色彩とかグロテスクで生っぽいクリーチャーとかどこか懐かしい機械とか最高です。
影人間は、棒人間の亜種というか、そんな感じで使っていますw
物の輪郭ではなくボリュームを意識したい時に使う感じだと思います。
僕の作品のアート性を見抜くとはお目が高いッ。個展を開いた折には一番上手くいった絵をプレゼントしますね……。
え、ええフィクションですフィクション……やだなあこんなのが現実なわけ……ない……じゃないです……か……??
フィクションの中の伏田さんに、危機感を持つように言っておきます。
彼は失敗談や自虐ネタだけは豊富なのですが、やりすぎて結構ひかれてしまうのです。
面白かった、という言葉を頂けて、こんな変な体験でも役に立って良かったなあと彼も思っていますよ!
あとちゃんと怒ってもらえてよかったなって。
まさに直感ですよね。
中国人のワン君が「日本人と韓国人って顔を見ればなんとなく見分けられる」って言ってましたけど、僕もその意見には賛成できて、確かになんとなく分かるし、そのなんとなくって結構当たる。普通の人とそうでない人もそれは当てはまるし、好きな食べ物と嫌いな食べ物もなんとなく分かる……みたいな、そういう直感て結局経験の積み重ねの上澄みの部分だと思ったりします。
すみません、長くなっちゃいました。
コメントありがとうございました!
2018/04/10 00:21 by 伏田竜一 URL 編集