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身にまとう

 子供の頃から現在に至るまで、何枚もの衣装を身にまとってきた。
 最初は裸で、少し血がついていたかもしれない。涙とか、よだれも。それから何がなにやら分からぬ体液が、あるいは称賛の声が、まばゆいばかりの分娩室の照明が、看護婦と医者の眼差しが、母の視線が。僕が身にまとった衣装は、そのようなものだったはずだ。
 それから布に包まれた。イエス・キリストが最後の日に着ていたような白い布。保育室の柔らかな光、看護婦の歩いていく音、歩いてくる音、どこかで赤ん坊が泣いている。その声は僕には僕の声に聞こえる。まだまだ世界は僕と未分であり、自己と他者を隔てる壁はない。僕と世界は強固に接続されている。僕が世界であり、世界は僕だ。僕が泣くと世界は割れる。僕が泣き止むと世界は沈黙する。僕は生まれて始めて孤独を着る。拒絶を着る。ここには居たくないという痛烈な気持ちを着る。この寒い世界には一秒だっていたくないと思う。安心するものに包まれていたいと思う。しかし僕はどんな衣装より分厚い無力を着ている。
 ロンパース、子供服、体はどんどん大きくなる。いつの間にか手足が動くようになる。目がよく見えるようになる。そして突然あらゆるものが体にへばりついている。笑う、泣く、笑う、母乳、テレビの声、酒の匂い、土の匂い、不安、快と不快、夢、犬の匂い、涙の味、色、形、ぼんやりした表情、舌の上を転がるもの、影の中から見つめるもの、アナロジー、つかめるもの、つかめないもの、目につくもの、ゆびとゆびの間にある皮、毛布、平らな場所、揺れる場所、盛り上がっている場所、思い通りに動かない手足、揺れるカーテン、カーテンとともに揺れる日差し、姉が泣く声。そして僕は忘却を着る。僕が本当に欲しかったものはなんだったのか、僕にはもう思い出せない。僕と世界は完全に分かたれた。僕は失い、僕は手に入れる。そして僕が欲しかったものはもう二度と手に入らない。僕は僕が欲しかったものを永遠に忘れてしまう。その感覚を忘れてしまう。それの名前を忘れてしまう。僕は時間を一枚ずつ着はじめる。忘れることがなかった僕は、得ることによって忘却を着ている。手に入れた瞬間から喪失を着ている。
 僕は僕になりはじめる。ジャージ、Tシャツ、短パン、チノパン、体育着、ジャンパー、スキーウェア、ブリーフパンツ、父親の革ジャケット、ネクタイ、絶叫、暑さ、寒さ、重さと軽さ、楽しいということ、悲しいということ、目が覚めた時の憂鬱、夜の恐ろしさ、宿題、他者、恋に似た本能、テーブルの下からこちらを見ているもの、月、カビの匂い、孤独、桃の味などを着ている。あけび、魚、肉、豆、カレーライスの匂い、友達の笑顔、死んだ動物、笑い声、冗談と本気の境界、海の色と空の色、浜の匂い、テトラポットの憂鬱、ダンス、歌、テレビの中の世界、教師、生徒、親、兄弟、グラウンドの隅に作られた小動物の墓を着ている。雨の日のゲーム画面、謝る時の涙の味、笑う時の涙の味、ねるねるねるね、汗、脂肪、そして骨。筋肉痛、風邪を引いた日の朝の匂い、ひとりきりで布団の中にいる時の宇宙的な恐怖を僕は着ている。僕は一人で着ることができるようになっている。それは悲しみだよ、と教えられる必要はない。僕は知っている、そして僕は知らないことに圧倒される。僕は生きているということを着ている。そして僕はいつか死を着ることを知る。僕はいつの間にか小さくなっている。僕は布団の中のアリのようになっている。僕は僕の家から小学校までがいかに遠いかを知っていて、その距離を着ている。一枚一枚羽織っていく。そして僕の忘却は、僕から衣装を脱がせていく。いつの間にか体から、するりするりとそれらは剥げ落ちていく。空気に溶けて、どこか見えないところへ飛んでいってしまう。僕は後悔を着ている。恐怖を着ている。僕の行動は恐怖によってモチベートされ、僕は否応なく社会を着ている。その重さに膝を突きそうになる。
 
 僕は僕を着ている。脱いだり着たりしている。
 脱ぐことが増えてきた僕は、その最終的な着地点が無であると同時に全であると考えた。
 うーん、アドベンチャーお着替え輪廻。
 

具合悪い



 えっ……なにこれなにこれ……

 えっッ


 具合悪いんだけど





 おかしいおかしい。おかしいよ。まちがっている。
 何かが間違っているよ!
 風邪をひいたかなあと思ってから6日目。
 えッ………………






 まだ具合悪いんだけど




 おかしくない? 謎の奇病じゃない? 奇妙な謎病じゃない????





 Why? Japanexe Peapoe?






 もう綴りとかどうでもいいよもう、えッ……おかしいおかしい

 具合悪すぎるよ 鼻水まだ出るよ 頭ふらふらうだよ。

 風邪が10年続いてほしいなんて間違っても言葉に出しちゃだめだったんだよ!

 言霊だろこれ!


 こわっ!!!  言霊こわっっっっっっ!!!!!!



 体疲れ切り、頭はぼうっと仕切り、それでもなおブログになにか書かねばならないという使命感だけが僕を動かしている。

 衝動のようなモノが僕を…………

 僕を俺を私を動かしいているのだ………………!!!!!!!!



 みなさん、こんばんは。ぼく伏田です。
 風邪には注意してくださいね。風邪をひくと、頭がおかしくなりますよ。
 僕はもう、頭がおかしくなってしまいました。
 この通り、論理的な思考が全くできなくなってしまいました。
 いちたすいちはに!!!!!!




 突然ですが、今日はみなさんにプロとアマチュアについて語りたいと思います。
 どうぞお聞きください。

 今日ぼかぁ仕事をしていました。
 風邪をひいていましたので、仕事場で隠れて寝ていましたら、携帯がぶるぶる震えました。
 誰かからメッセージが届いたようです。
 見てみますと、古い友人からでした。
 彼は言いました。

「伏田くん、君はカメラを使って色々撮っているよな。ちょっと仕事をしないか。物を撮るだけの簡単なお仕事だ……シャッター1回につき5万円支払おうじゃないか……」

 僕は風邪でぼうっとした頭で考えました。
 なるほどすごくお仕事って感じだ。OK、OK……たしかに僕のカメラ術は半端なく優れている。僕を引き込もうとする魂胆もよく分かるぜベイベー……。
 でも、



 ぼく、アマチュアもいいとこだぜ!?!?!?!??!



 僕は確かにカメラを使える。使うことはできる。技術やセンス云々は置いといて、操作はできる。
 画像加工ソフトもまあ、基本的な操作はできる。
 しかしながら、あくまでもアマチュア芸だし、しかも本気を出して勉強なんてしたこともないのである。
 そんな僕に声をかけて頂いたのは本当にありがたい気もしたけれど、僕はこの誘いを断ることにした。
 理由ならたくさんあるけれど、一番の理由は、僕の技術が過信されているような気がしたからだ。
 お遊びでやるなら、これは一も二もなく僕は賛同しただろう。はりきって新しいレンズなんかも買ったかもしれない。
 けれどビジネスとしてやるなら、僕はふさわしくない相手だ。今からばりばり勉強してカメラ技術や画像加工を頑張ろうという気力はないし意欲もないのだから。
 僕は「何かお金になることをしよう」としている人にはなるべく「プロと仕事をしなさい」ということにしている。
 とかく僕は趣味が多いので、「音楽の編集をしてみてくれないか?」とか「引っ越しの手伝いをしてくれ」とか「WEBサイトの構築をしてくれ」とか「書きものの手伝いをしてくれ」とか「カメラを撮ってくれ」とか言われることがたまにある。
 しかしこれら全部、僕はアマチュア技なのである。
 それを見越して「アマチュア技でいいから頼む」などと言ってくる方があるが、ほぼ確実に「作業中に要求レベルが上がってくる」という事態になる。
 簡単に言うと、がっかりされる。
「なんだ~~、これしかできないのかあ」と思われてしまう。それだけならまだいいが、僕を頼りにしすぎて次善策をとっていないがために目的が達成できないことすらある。
 僕はそういうのは本当に疲れるのだ。
 だから遊びは遊び、仕事はプロに任せるというのが一番よい。
「だってプロに頼むとお金がかかるじゃん」という方もいるし、その気持ちはよく分かるが、お金で解決できるならそうした方が良いに決まっている。
 そもそも友達に頼むという時点である程度発注側にもなあなあの気持ちがあるような気がしてならない。
「友達だから物を言いやすい」という発想もあるんだろうけど、「物を言いやすい」からと言って「柔軟に対応できる」かと言ったらそんなわけがない。
 なんども言うけれど、友達=僕はアマチュアである。
 柔軟とか臨機応変というのは、はっきり言ってごく限られたプロの技だ。
 基本がしっかりしていて、経験を積んだ人間だからこそ柔軟な対応ができるのだ。
 その点プロはお金をもらっているんだから頑張ってくれるだろうし、勉強してきているんだから少なくとも見られる形にするくらいはできるだろう。
 その上プロの仕事のやりかたを学ぶこともできるし、ちょっとしたコネクションだってできるかもしれない。
 金を払ってプロを雇うのって良いことがたくさんあると思うのだ。

 ということを風邪ひきの頭で考えた。

 うっ、具合悪い!!!

 すんげー具合悪いんだけど!!!



 えっ……なにこれ……!!!!????








 今ぼく、具合悪いプロです。




風邪ムーヴ

 頭がふわふわしている。
 鼻水が出て止まらないので、しょっちゅう鼻をかまなくてはならない。
 鼻が痛い。
 喉が痛かったのは数日で治った。すばらしきかな白血球。これからも頑張ってくれい。
 熱も咳もない。
 となると、社会人にとっては、これは風邪ではないということになる。
 なんだか不思議な現象だけど、熱があると「休んで休んで」とか言ってもらえる。
 咳があると迷惑そうな顔をされつつも「休みたまえ! 君は風邪だ!」と言ってもらえる。
 つまり社会人にとっては熱と咳だけが風邪の本質で、それ以外は大したことじゃないと捉える風潮がある。
 いや、おいらめっちゃ体だりぃんすけど……と思っていても割と誰も気にしない。
 心配されたいわけではないけれど、なんか面白いなと思う。
 たとえば心の病とかも、結局は同様の扱いを受けるのだろう。
 見えないものを信じるのがいかに難しいかという話かもしれぬ。
 風邪をひいたら顔が紫に変色するとか、もうちょっと風邪側も工夫していただきたいところでもある。

 一ヶ月のまとめや目標を書かなければいかんのだけれども、上記のような状態のために着手が遅れている。
 健康第一とあれほど言ってきたのに体調不良とは情けないことである。
 情けないなりに睡眠時間を増やして、たくさん食べて栄養をつけるように頑張っているが、なかなか治らんのでしょうがない。食べすぎて更に太ってきた気もしているけれどしょうがない。うん、これはしょうがない。
 このままずっと風邪と付き合うつもりで生きていこう。
 どうせなら10年ぐらい風邪をひいていたいものだ。
 それならこの風邪もきっといつか意味ができるであろう。
 一週間程度で倒されてしまうようなやわな病原菌でないことを祈るばかりである。
 敵に塩を送るためにも、完治しそうになった折には寒中水泳、濡れた服で散歩、咳をしている人の近くにあえて寄っていく、手洗いうがいをしない、などの積極的な罹患ムーヴを心がけることとしよう。
 そういうことを考えてみると、意外と「風邪を治さない」のって難しいなとも思ったりする。

 そうそう、僕にとって風邪をひいている時に一番つらいのは「やりたいことができないこと」だ。
 この辺りの感覚は是非、色々な方の意見を聞いてみたいところだけれど、体がダルイとか頭が痛いとか、わりとそういうのってすぐ慣れると思うのだ。
 僕は昔から体が弱く、月に一度くらいは風邪になって寝込んでいたので慣れているのかもしれないけれど、どうせすぐ治るんだから、苦しいってことばかり考えていてもしょうがないと思っている。
 でも吐き気がして好きなゲームができないとか、頭が痛くて読書ができないとか、そういうのって辛い。
 風邪の辛さ、ひいては病気の辛さってそこにあるのかなと思う。
 自由が失われることが一番辛いのかもしれない。
 と思ったりもしている。

 良いことがあり、悪いことがある。
 色々なことが起きる。
 うーん、なんて言えばいいのかまったくわからないけれど、色々なことがあって、色々なものを背負って、すっごい疲れたな! と思っても、やっぱり新しい朝が来たよな~ほらぁ~って、なんかそんなことを思う。
 誰かのことではなくて、僕のことなんだけど。
 というか俺のことなんだけど。
 私のことでもあったけど。
 笑っていられるだけの強さがあったら、最後にそれを持っていられたら、それで良いような気もしている。
 
 完全に風邪ムーヴの我が心です。
 正直言って何を考えているのかよくわからないから、ここはひとつ鼻でもかみまして、哲学の本でも読みますか。

帰って来れる場所

 自分の出来ること。
 あるいは「目標」とは何かについて。
 小説について。

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